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国王陛下育児中につき、騎士は絶望の淵に立たされた。  作者: 笹色 恵
~騎士の帰国~
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触れる事さえ


 同じく退室したトワス・コナーが何か言って去ったが、彼のようにあからさまな相手はいい。それよりも今回の指示が自分だと言った相手が問題だ。その裏も。

 諦めを知れば、自分の邪な心は無視できる。そんな事よりも、自分がいない間に起きている国内情勢を早期に見極め、エラ様とユマ様の安全を確保しなくてはならない。

 警備の改善と城内警護は対処療法だが編成を変えた。ハザキが忙しいのもあって士気が下がっていた。鍛えなおしは必要だ。

 厨房には何人か新しい者が入っていた。エラ様ご自身は毒に対して多少耐性があるが、猛毒であれば事は重大になる。何よりもユマ様をお育てしている最中だ。食事はより注意がいる。食材の搬入先を含め調査を行っている。毒の種類に関しては、サウラ様の研究を照らし合わせれ致死の可能性もある毒草だと判明している。内臓機能に問題があれば後遺症が残るか死んでいた。幼児への影響も十分に考えられた。解毒薬は直ぐに用意できたため、ハザキも問題なく回復はしているが、誘拐未遂だけでなく殺人未遂でもある。

「トワスは何か嫌味を言っていましたか?」

 議会院長のエユ様が部屋から出てくると冗談交じりに言葉をかけてくる。

「愚者のやっかみは今更ですので」

「その図太さは羨ましいわ。あなたの事を疑いはしていないけれど、もしお二人を守れないようなら、真偽関係なく国王付きは外します」

「はい」

「子供の面倒は、私も手伝いづらい分野ですから、そこも期待しています。最悪、夜に陛下に助力するのにも目を瞑ります。夜泣きで苦労しているようですから」

「了解しました」

 本来、陛下の寝室に男が入る時は閨事の時だけだ。既に闇閨ですらない自分だが、その部屋へ入る権利を先の混乱に際して得てしまっていた。閨ではなくただの子守りとして、あの部屋に入る事はとてもつらい。自分を殺しきれていない自分に気づく。

「中で陛下がお待ちです」

 答えに満足して、エユ様が言う。

 議会院室へ戻る。逆光がまるで後光の様にエラ様を照らしていた。聖母がまさに目の前にいた。ふとしたこの瞬間に涙が溢れそうになる。これほど美しい方を守る事を許されている。そのために産まれたのだ。それ以上を求めてはならない。

「ベンジャミン、帝国での面白い話を聞かせてくれ」

 エラ様が嬉々とした顔で無茶を言う。昔はたまにこんなことを言われていたか。報告の意もあるだろうが、暇を潰す為の大した考えではないだろう。

「……第二巫女様が、オオガミを落としました」

「何。物理的にか、精神的にか、色恋的にか」

 帝国と言ってもほぼ神殿のある地下生活だった。おかげで随分と肌が白くなってしまった。会う人間も限られていた。帝王が来ては邪魔をして帰る事に苛立った以外で大した話もない。面白い事と言えばこれくらいだろうと口に出たが、エラ様が喰いついた。

「三つ全てですね。まあ、黙っていろと言われたのでエラ様にだけ言いますが、あの人を翻弄できる女性はサウラ様以来ではないかと。第二巫女様とはエラ様も親しくされていたのでお人柄はご存知かと」

「確かに、聡明な人だった。それに美人だったからな」

 日の光だけで火傷をする体質の第二巫女は、火傷の痕が顔にもあったが、それでもエラ様やオオガミは美人だと形容する。元は、確かに美人だったろうが、ジェゼロ王族は自分達とは違うものが見えておられるのかもしれない。

「恐らく、オオガミは帝国へ移り住むか、定期的に行くことになるかと」

「そうか。まあ、オオガミを扱える人が出てよかった。この国では、どうあっても孤独になってしまう。今は狼犬もハザキの娘が世話をしてくれているからな」

「ええ、ジェゼロとしても優秀な人材ですので、無条件で帝国に渡すことはできませんが」

「私らがどういったところで、オオガミは王族の権利を破棄する代わりに、自由を得た身だ。好きにするだろうがな」

 オオガミ・トウマはエラ様の伯父であり、ジェゼロきっての天才であり奇人だ。エラ様や前王よりも上手く国を回せただろう。それを分かった上で、世捨て人となっていた。エラ様にとってはただ面白くて大好きな伯父なのだろう。

「……お前は、帝国ではどうだった?」

 服に隠れているユマ様を気遣うように視線を落としてエラ様が問う。

「オーパーツは、おおよそ現代人類が対応できないような膨大な知識と技術の塊で、制御を誤れば世界は滅びるかと。機材が届きましたら、ご説明を」

「ああ」

 その話ではなかったのかと他を考える。

「よし、ユマを頼む」

 服の中からユマ様を出すと甘い匂いと共に渡される。ああ、自分が見てきた中で、最も可愛らしく自分の心をかき乱す子供だ。

 服を直したエラ様の後ろに赤子を抱っこ紐で抱きながら追従する。この姿勢には問題がある。赤子は強い揺れにも弱い。もしもの事があれば、エラ様を守るために剣を振るわなければならない。激しい動きを避けるためにエラ様に危害が加わる可能性が増える。別に二人、移動時には警護を付けた。信頼に足る者だ。警備体制を強化するために人員を補充するのにも気を遣う。一人でも質の悪い物を足せば、そこから腐る。

「本当に、ユマはお前がいると泣き止むな」

 部屋を出る前に不服そうにエラ様が言う。頬をつつく時にエラ様の顔が自分にも近くなる。確かに寝不足が見える。昼にも休憩を取ってもらう必要がある。

「どうした?」

 エラ様の顔にかかる髪に触れていた事にはっと気づく。

「いえ……寝不足の様ですので、体調管理も、しっかりとさせていただきますので」

 慌てて言い訳を並べればエラ様が優しく笑う。

「それはお前もだろう? また倒れられては困るのだ。あまり無理はしないでくれ」

「はい……」

 心苦しいほどに愛しい。



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