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国王陛下育児中につき、騎士は絶望の淵に立たされた。  作者: 笹色 恵
~騎士の帰国~
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証言

 議会院は揉めている。

 エラ様がお戻りになられてから、これほど重苦しい雰囲気はなかった。理由は無論昨晩のユマ様誘拐未遂事件だ。議会院長たるエユ・バジーはできる限り平静を装って見せる。サウラが議会院ではいつも以上に尊大な態度をとっていたのを思い出す。一度注意をしたがそれを謝りたいと今更思っていた。威厳と言えば神々しいが、舐められれば終わりだと彼女は理解していたのだ。無論、元来の変人気質もあったろうが、彼女は馬鹿ではなかった。

 今わかっている事件の概要は少ない。

 エラ様とハザキ外相、そしてベンジャミンの夕食に出された煮込みに昏睡させる毒草が混入されていた。ベンジャミンは手を付ける前だったため難を逃れた。エラ様は幼少より毒に対する耐性を持つよう訓練されている。そもそもジェゼロのお血筋は毒が効きにくい家系でもある。結果、部屋に戻って完食したハザキだけが被害に遭った。昨日の緊急招集だけでなく今日もまだこの場に参加できていない。

 つまり、自分が何とかしなくてはならない。

 一番の問題は別にある。

「ベンジャミンが企てたと捕らえた男は白状しています。それなのになぜ、今この場にその男がいるのですか」

 トワス・コナー議会員がしびれを切らして言う。エラ様には事前にこの話を通していたが、それでもベンジャミンを連れてきて、いつもと変わらずその後ろへ控えさせている。それがユマ様をだっこ紐を使って抱いているのでまるで喜劇のようにみえる。

「騎士の称号まで持った方だ。それを陥れるための虚言と考えることが妥当でしょう。名前も名乗らず、ましてユマ様に危害を加えようとしたものの言葉を信じるなど、馬鹿らしい」

 古株の議会員が若輩の議会員に対して一笑する。

 以前ならば、ベンジャミンを外す口実だとトワスに賛同するものが多かったろうが、エラ様の危機に身を犠牲にしてでもと一人帯同した英雄を無下にすれば自身の議会員人生が長くなくなると考える者は少なくない。実際、この中で彼ほど役に立った者がいると言うのか。今後役に立てると明言できる者がいるのか。

 捕らえた男が夜中に意識を取り戻したと報告を受けて数人の議会員と牢まで出向いた。エラ様とベンジャミンには夜中であれば議会院長として先に会うことを許可されていた。エラ様に少しでも気を休めていただくためにベンジャミンを傍にいさせた。そこで、男はベンジャミン・ハウスに依頼された。それだけ言って口を閉ざした。自分だけならばまだしも、他にも証人はいる。

 同席している陛下は特に表情を変えず、後ろのベンジャミンも一年近くそこにいなかったことがなかったことのように依然と変わらず置物のように待機していた。

「そもそも、そのような謀反を働く理由があるとお思いで?」

 トワスと同じ若い議会員の女性がやや嫌悪を覗かせて言う。以前から、トワスは口が過ぎると別の議会員も侮蔑していた。むしろ、以前の議会員にはこういう勘違いをした男が何人かいた。一人になって悪目立ちをしているのだ。

「それは、私にはわかりかねますが……そうすれば、次こそ」

 下卑た男だとは思っていたが、酷い阿呆だ。続ける言葉を選んでいる時に、エラ様が鼻で笑う。

「トワス。その続きはよく考えて発言しろ。それが私への侮辱であれば、そう長くその席にはいられぬぞ?」

 にこやかと言っていい声色でエラ様が脅す。

「おほんっ、その、私にはわかりかねます。ですが、捕らえた偽の兵士が言っていたのは確かです。国の者ではないようでしたし、それから名が出ると言うのはどういう理由でしょうか。それに、随分長く国外にいましたから」

「騎士の称号を与えられたベンジャミンの名を知らぬものの方が、ジェゼロには少ないでしょう」

 ベンジャミンは兵からの信頼が厚く羨望の眼差しを受けている。国でエラ様を知らぬものがいないように今ではベンジャミン・ハウスを知らぬものなどいない。

「あの時点で戻ったことを知る者は少なかったはず。それで名を騙るとはとても」

 エラ様の脅し文句も意味をなさなかったのか、議会院長としてできるだけ落ち着いた声でそれに返す。

「罪を逃れるためとも考えられます。証明のない証言では証拠としては使えません」

 陥れようとしていると考えるのは当たり前だ。ベンジャミンが自分の子を盗んで何になるのか。それもあんな危険な方法で。無論、それをここでは口にできるわけもない。元来ジェゼロ王の父親は不明としなくてはならない。

「生き証人の証言以上にどんな証拠が必要だと言うのですか。議会院長、自分の贔屓目でことを決めるようでは到底議長としては体を成していませんよ」

 トワスの意見に議会院がしんと静まる。自分がハザキのように威厳があるとは言わない。エラ様不在で混迷をきたした結果、多くの議会員が去った。良くも悪くも変わったが、この男は頂けない。まだ若く自信家だ。ベンジャミンが戻る前には次の閨は決まっているのかと聞きに来たこともある。議会院長本人が闇閨になるなどあってはならぬことだが、陛下が口にしなければ不可能ではない。だからこそ、男が議会院長であるときは国王のメイドも証人となり別人であると証明するが、今のエラ様にはそれがいない。議会員が閨になることはできないが、議長と王の承認があれば議会員を下りる事と引き換えに不可能ではない。

 シスター・ハシィといい、次の閨にとばかげた妄想をする者は少なからずいる。閨が政治にかかわることができずとも、次代の王に血を分けるとなれば栄誉な事だ。王を傀儡にしようとする者も歴史上にいた。

「大した進展はなかったようだ」

 静寂を破り、陛下がため息交じりに言う。

「トワス。己の願望で採決をとれると考えているのならば、議長になろうなどと言う野心は捨てた方がよい。国王付きの指示と言わせる主犯の意図を吐かせる必要があるだろう。ハザキの体調が戻れば一度話を聞きに行かせるといい、あれは人の嘘をよく見る。それに口を割らせるのもうまい」

「陛下はよそ者であるハザキ外相にも依存し過ぎではありませんか?」

 トワスが減らぬ口を陛下にまで開く。

「あれが国外の者と言うならば、あれよりも一代だけ長くいるトワス・コナーの一族もよそ者として扱うべきだろうか?」

 エラ様が皮肉を言う。議会員の素性調査は当たり前に行われる。国外から来たものは多くはないが、自分も含め、少なくもない。

「今回の事は別に調査隊を発足させます。結果については議会院で報告を、採決を取ります」

 無事に可決になり、議会院は解散となる。規律に従い、エラ様が最後に残る。勝手に議会員だけで話を決めさせぬための伝統だ。そこにトワスが残ったままいるので、エユも同じように席を立てずにいた。

「まだ話があるのか?」

「疑惑のものを外して、お話が……」

 ベンジャミンは一切表情を変えないが、ユマ様が泣き声を上げた。それに、トワスが不快気に眉をしかめた。

「空腹なのかと」

 ここに入ってやっとベンジャミンが口を開き、エラ様に囁く。

「うむ、悪いが男たちは席を外せ。それとも王の肌を見るなどと言う無礼が許されると勘違いをしているのか?」

 ベンジャミンからユマ様を受け取ると皮肉を言う、ベンジャミンがドアを開け無言でトワスに早く出ろと言う。

「もちろん、ベンジャミン・ハウスも外で待機を?」

「ああ、エユには話がある。残ってくれ」

 二人きり、いや、三人になってからエラ様がため息をついた。

「先に言うが、闇閨を変える気はない。たとえ次が男児であっても、その次がそうでも、もし、別の者が閨になるならば、私はただのエラとして生きる覚悟がある」

 上着の中に隠れてしまったがユマ様が泣き止む。

「わかっています。これでも司書をさせて頂いております。過去のジェゼロ王が望まぬ閨を取らされたとき、国が荒れたと知っています。それに、エラ様の幸せを願わぬなど、私の選択肢にはありません」

 親友の忘れ形見は、子のいない自分にとっても娘のようなものだ。こんな厄介な事態でなければよかったと言うのに。


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