玩具
赤茶色の建物の並ぶ街に入ると、真っ直ぐにローヴィニエ城へ続く道へ入る。エラ・ジェゼロは随分と静かだ。ほとんど寝ていると言った方がいい。
「ダイア様もう到着します」
厚い雲で星一つ出ていない夜に到着した。
「ダイア姉さん」
駆け寄ってきたのは化け物だ。それを優しく抱きしめる。醜く青白く痩せ和沿った顔に、歯茎が痩せ前歯が抜け横の犬歯だけが気味悪く目立つ。
「クロト、いい子にしていましたか?」
「はい。言いつけ通りに」
髪の毛もかなり薄く、彼の父親が幽閉したのも理解ができる。遺伝病だろうと医師は診断したが、複数の病気を併発し日光を浴びる事の出来ない体に内蔵機能の異常。これの寿命はそう長くはないだろうと医師は言う。そして、とても飼いならしやすかった。
「新しい犬を連れてきてくれたんですか?」
無邪気と言っていい顔でそれが言う。イセ家に入れた女中が消えたことからこれとの付き合いは始まった。定期的にプレゼントを与えて信頼関係を築いてきた。
「ごめんなさい。彼女は私のものなの。あなたにはこの前あげたでしょう? ここでの生活に困らないように」
「それが……起きた時にはもう壊れてしまっていたんだ。ちゃんと水をあげればよかった」
「まだ世話の仕方を教えていなかったのがよくなかったのね。それは私の部屋へ」
兵に命じて城内へ入る。蝋燭で灯された灯りは多いが、特殊なガラス越しでやや薄暗い。
十日ほどしか離れていないと言うのに、懐かしい。煌びやかな内装も重く輝くシャンデリアも、全ては自分の物だ。
「政治家にはいじめられなかった? ほんの短い間とはいえ、心配していたのですよ」
自分の身代わりを処刑させたのは、政治家や貴族に身のふりを考えさせるためだ。戻った時にクロト以外が国を治めていては都合が悪い。
「ダイア姉さんに言われたとおりにしておきました」
中々うまく調教できたようで何よりだ。
「これはどういう事ですかっ」
怒鳴り声に近い声を上げたのは馬車の持ち主たる貴族だ。フュルツという名にどこか聞き覚えがあったと思ったがここに着てようやく思い出した。
「クロト、あなたにあげたおもちゃはどこに捨てたの? まだある?」
「置いておくように言われたから、残しています。まるで新年の七面鳥みたいになってしまったよ。見てみますか?」
「元々は彼の物だったのを思い出したの。返してあげてもいいわね?」
「ダイア姉さんがいいなら」
にかっと笑うといっそう気持ちが悪い。
「フュルツ侯爵をそこへお連れしてあげなさい。馬車をありがとう。とても運びやすかったわ。バジー夫人にもよろしくとお伝えください」
言いながら階段を上がる。その間に不在中の出来事を聞いておく。大まかには予定通りだ。クロトの部屋に着くころに下から悲鳴のような声と罵詈が聞こえた。
「あの人の壊してしまったから怒ってる?」
「気にすることはないわ。あれは私にくれたものだから、壊してはいけないものなら、ちゃんと自分の家に置いておくはずでしょう」
どうせ本妻には子があるのだから、愛人との子などただの駒だろう。対立する公爵の屋敷で働かせたのは彼が決めたことだ。




