王の馬 後
キングの所為で水浸しになっているのも気にせず、城内へ駆け入る。途中でエユ議会院長とすれ違ったがそんなことよりも陛下の許へ急ぐ。自分はもう捨てられたのだ。わかっている。陛下がうんざりとこちらを見るさまが頭に浮かんだが、それよりも嫌な予感がした虫の知らせではない馬の知らせだ。そうあれはエラ様の馬だ。
応接室のドアを開ければ、窓に鉄張りがされている。
「何があった」
ドアの警護に怒鳴るように問う。
「き、昨日、何者かが矢を」
「陛下とユマ様は」
「け、怪我は子守だけです」
「エラ様はどこだ」
「寝室に、籠られているようです」
言葉を聞き終わる前に執務室まで入っていた。
寝室の前には調べ物をするとエラ様の字で紙が貼られている。一瞬ドアを開けるためのカギを触ることをためらった。自分に権利が残っていない可能性に恐怖したのだ。開かなければ自分は諦めなくてはならない。だが、そこに触れば、かちりと鍵が開く。
ドアを開けて、咎める者はいなかった。室内には誰もいない。ベッドには投げ捨てられた紙があった。それを見るだけで十分だ。
「ベンジャミン、エラ様は?」
エユ様が寝室へは入らずドアの前から問う。入る許可を得ていないからだ。
「この手紙を誰が陛下に渡した」
声を荒らげる自分を理解しながら、議会院長に問うていた。
「ダイア・アカバがエラ様に署名を……」
叩き付けたいのをどうにかこらえ、押し付ける。
「オオガミに帝国へ知らせるようにと。私はエラ様を追います」
部屋を出て、荷物をそのままにしていた自分の、王の寝室の壁越しにある自分の部屋へ入り緊急用にまとめていたカバンを掴む。
「これはどういう。エラ様はどこにっ」
ついてきたエユ様を無視してもう一度執務室へ戻り、窓から顔を出す。下には予想通りキングとそれを馬場へ連れ戻そうとするホルーがいた。
「直ぐに鞍をつけろ。それに乗る」
「ああ、お前がかっ」
返事はせずに後ろに待つエユ様へ視線を戻す。
「ユマ様は」
「リセが隣の部屋で見ています。どういうことですかベンジャミン」
止まって話すのが惜しいとそのままユマ様のいる、忌々しいメイドの部屋だった場所に入る。ユマ様がリセ・ハンミーに抱かれている。
「……ユマ様の警護はハザキの指示に従い増員を。リセ・ハンミー、エラ様がお戻りになるまでにユマ様に何かあれば、お前だけじゃない、お前の家族親戚全員を俺が代わりに殺す」
リセが唾をのむ。嘘でもはったりでもなく、本気で告げる。それ以上はもう時間が惜しい。エラ様がリセにユマ様を預けたならば、取り上げる立場にはない。何よりも、馬に乗せるにはユマ様は幼すぎる。
エユ様の話も無視して馬小屋へ入れば、ホルーがキングに鞍をつけている。
「なんだ、お前らずぶ濡れで」
のんきなホルーを無視してホルーがおいている着替えを勝手につかみ、濡れた服を脱いで着替える。
「どうしてキングが外にいた」
「なんだ。お前が乗ってたんじゃないのか? 朝に来た時にはいなかったんだよ……エラ様が乗ってったのか?」
「ほかにこれが誰を乗せる」
だぼ付く汚い服だがまだましだ。持ってきた荷物を鞍につける。
「ハザキ婦人とお前の嫁にユマ様の様子を見るように伝えてくれ」
次は屈まないキングに飛び乗る。
「ようわからんが、貸しを作っといてやる。戻ってきたら酒をおごれよ」
「ああ」
一秒が惜しい。その一秒分エラ様が遠ざかるのだ。




