バジー公爵家の使者 4
王がこちらに視線を向けたのを感じ、意を決して再び口を開く。自国の公王にここまで率直に意見を言う場はない。いくら小国とはいえ、寛容である事は間違いがない。
「ジェゼロ・ジェーム・ナサナの三国同盟を締結後、ご存知の通り、周辺諸国がそちらへ追従する動きを見せました。我が国王はそれを力によって抑止し、それに従わなかった周辺国に対して制裁というには非道な事もしております。三国が世界の中心となろうともそれが時代の流れであれば仕方のない事。ですが、ローヴィニエ公国の我が女王陛下はそれを良しといたしません。ジェーム帝国ほどではないとはいえ、我が公国はナサナ国にも引けを取らぬ国。特にナサナ国とは古くより私怨がございます。それが参加する同盟に天下を取られるくらいならば兵を立てる可能性すらあります。今回、我々はエリザ公爵夫人の依頼によりコモ・バジー殿を迎え入れるために来たこととなっております。手ぶらで帰れば三国同盟への寝返りを疑い女王陛下は断罪するでしょう」
他にいくつかの貴族も同行を志願していた。だがそれを断り侯爵ときた。フュルス侯爵はバジー公爵家に最も近しい一族だ。自分は独身で、もしも断罪されても被害が少ない。
「……コモを連れ帰ったとしても、立場がいいとは思えんがな。むしろジェゼロの手を借りている証明になろう」
「同等の爵位である公爵ならば、断罪する名目にできません」
自信はある。ダイア・アカバ女王はバジー家に対しては何もできない。それだけの家系が途絶えるのは避けなくてはならない。たとえポンコツでも、その名と世継ぎがいればいい。
「ローヴィニエ公国の噂は少々よくないものだが、女王殿を撃ち落としたいのか?」
「……コモ様が爵位を継がれるのであれば、我々は三国同盟の傘下に入る事を厭いません時期にバシー家の番が巡りますその間だけでもいいのです」
はっきりと返す。
「こんな辺鄙な場まで来たのは、やはり下剋上を目指してか。わたしがダイア・アカバの肩を持つとは思わなかったか?」
ローヴィニエ公国の女王からも書が来ていたと言った。それに息が止まるようだった。
自分だけでなくフュルス侯爵も口を真一文字に結んで黙ってしまう。
「……そうまで追い込まれているならば、我々に何の手土産もなくは来ていまい」
その時に、はたと気づいた。少年王のように見えていた方は自分達が王座を追い出したいのと同じ女性だと。
「大変に失礼である事を承知で、二人でお話を」
侯爵が厳しい表情で言う。
「ここに残ったものは信用に足る。私に話せばここにいる全員には少なくとも話が行くことだ。手間は省け。同行者を退席させたいならば好きにするといい」
侯爵は一度もこちらは見ずに覚悟を決めたようだった。
「ダイア・アカバは旧時代の歴史書を解析しました。それらを使いジェゼロの威厳を落とし、三国同盟とそれらが解禁すると言うオーパーツについて、独裁政権の復活だと諸外国を説き伏せ、孤立を目論んでいます」
「……ほう」
そんな話は初耳だ。ジェゼロの女王は僅かに笑っているように見えた。
過去の悲劇で人類は一度滅亡しかけた。それを救ったのがジェゼロの神だと言い伝えられている。それが違ったと証明できたとしても、大きな反乱にするには難しい。
「貴国の女王はどうやってそれを手に入れた。そして貴公はどうしてそれを知ったのだ。それに、歴史書の内容が真に正確でなければ、到底信用できぬ」
フュルス侯爵はゆっくりと頷き返した。
「私の娘が女王の許で働いています。全てではありませんが、写しもあります」
「……敵対する貴族の娘を? 人質としてにしても、そのような重要なものが見える場で働かすか?」
フュルス侯爵は息子が二人、娘が一人いる。だが娘は十にも満たない。
「私の娘だと言うことは知られていません。婚外子ですので」
「なるほどな」
皮肉んだ物言いを返す。
「それを見てから、対応を決めさせてもらおうか」
女性だと理解すれば、不思議と魅力を感じる。ダイア・アカバ女王陛下とは違う。若く雄々しく美しい。




