バジー公爵家の使者 2
ジェゼロ国は謎が多い国だ。ただ神の国とだけ知られている。
自国ならば盛大なファンファーレが鳴るような場で、段の上がった場の横にある幕からすっと一人の青年が歩んでくる。腰近くまである黒い髪を後ろで束ね、濃紺の衣装をまとっている。マントのような物で上半分は隠れている。玉座の前に来て姿勢をこちらへ向ける。後ろにいた青年や背の高い男もなかなかの美形だが、これはまた、神の国の王に相応しい見目をされていた。緑色の輝かしい双方が真っすぐにこちらを見る。小柄だが成人していない程度か。それでも、傀儡王には見えない雰囲気がある。
少し気だるげな仕草で王座に腰を下ろすとエユ議会長を見る。
「どうぞ、お座りください」
学部試験で試験管の面接を受けたときを思い出した。言われるままに座るほかない。
「ジェゼロ国十四代目国王エラ・ジェゼロだ。ローヴィニエ公国の女王より受けた書簡とは別に来られたと聞いている。貴国の公爵夫人は、些か気を病んでおいでではないか?」
思ったよりも声色は高かったが、尊大さとそれを保証するような自信が見えた。エユ議会長がこちらの発言を促すような仕草を見せて、フィルス侯爵が口を開く。
「謁見の場を用意いただけたこと、初めに感謝をさせていただきます。神聖なるジェゼロ国王陛下にお目にかかれること、感慨の極みにございます」
形式的な言葉に少しつまらなさそうだ。
「我がローヴィニエ公国におきまして、バジー家は公爵の地位にございます。ジェゼロ国とも縁深きものと存じております。そのバジー公爵の血筋は実質絶たれる状況。そうなれば国の安定にかかわり、是非、コモ・バジー様をローヴィニエ公国にお招きしたいと馳せ参じました」
あまりにも包み隠さない物言いに隣に座る身として緊張で一層背筋が伸びる。
「……コモ・バジーもジェゼロに移り住んだバジー家も、すでにジェゼロの民だ。本人の意思以外で国を出ることはないし、まして物のように渡すこともできん。自国の問題は自国で解決するといい」
エリザ・バジーは直接バジーの血を引いているわけではない。男爵家から嫁いだ身だ。子を成したが幼くして死別し、その後子宝に恵まれることはなかった。愛人はいたがそれらが子を成すこともなく、先のお家騒動もあり、バジー家の血筋は絶たれた。バジー夫人は親類たるコモ・バジー殿を亡くした子と同一視している様で、こちらも困っているが、それでもバジーの男子が来れば妻を与え次につなげてくれさえすればいい。バジー夫人は、ジェゼロ王の妹と禁断の末にもうけた子を引き取りたいと熱心だが、ジェゼロ王はそもそも兄弟がいないはず。公にできない者がいないとは言えないが、そのような方を連れて行くのはリスクでしかない。
「公国は現国王の一強体制に入っております。どうか、ご理解を。公爵家がひとつ消えるとなれば、国の情勢に大きな影を落とすこととなります」
「ダイア・アカバ殿からも会談を希望されている。対立関係にあると言うのならば、私はどちらの肩を持つわけにもいかない。あまりにも無礼な申し出をする者がどのような顔をしてくるのか、見ものするためだけに通してやったが……」
わずかに侮蔑が見える。随分年下の相手にそう言われ侯爵は鼻を膨らませた。
「元をただせばバジーの一族はローヴィニエ国の者。ただ返していただきたいだけだ」
強い語気に気圧されることもなくじっと見返す。その視線がこちらに移る。
「伯爵殿も同意見でよいか?」




