バジー公爵家の使者 1
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ようやく、入国を許可された。小国でありながら、この気位の高さは流石神の国と崇められた相手だけはある。国王は王以前に神の御使いとして尊まれる存在だ。
馬車ではなく、直接馬に乗って城へ続く道を進んだ。建物は低く、都会とは言えないが、貧しさは感じられない。大人も子供も少し珍しそうにこちらを見はするが特に何か反応を返すわけではなかった。遠目に市が見えたが野菜や魚を売っているようだった。下水が整備されているのか、不快な匂いもない。特に目を引くのは、主要な街道に立てられた棒だ。一定距離ごとに置かれたそれの先端にはランタンのようなものがあるが、蝋燭を立てる場はない。あれが伝え聞くジェゼロの灯火というやつか。
湖が見えたかと思うと、その脇に切り立った崖が現れる。そこに建つ小さな城を見上げ感嘆の息を漏らす。夏の濃い青葉に生えたその景色はまるで絵画のようだ。
城へ続く急な坂を前に、一行は止められた。広場のような場で馬はここまでだと足止めをされる。
「これを歩いて上れと言うのか?」
兵に対して執事が問う。若い兵はにこやかにそうですとだけ答えた。あまりにも快活にはっきりと返され以上こちらから言葉を返す者はいない。更に人数を規制され、五人だけが城へ上る事を許された。
ナサナ国は上まで馬車で行っていたはずだ。ローヴィニエはナサナにまで負けていると言うのか。
息を上げながら木々に囲まれた坂を上る。馬車が行き来できぬ程度の道幅しかない。上っている最中に上から馬車が降りてきたらどうするのだろう。
城壁の外に開けた場所があったが、小屋があってそこから獣の匂い、主に馬糞の匂いがする。城の傍にこんなものを作るとは。普通はあり得ない。
護衛を覗いて全員の息が上がっている。そんな中、城壁傍にある小部屋で危険物の持ち込みを検分された。公国の貴族に対してこれとは。形式的に持つ剣はすべてここで預かりとされ、ようやく城壁内に入ることが許される。
中庭に布で覆われていた何かがあるが、シンプルなつくりの中に妙に浮いていた。城以外にも城壁内にはいくつかの建物があったが、没落貴族と大差ない大きさだ。
広く開いた扉から城内へ通されるとようやくジェゼロ国の要人らしき男が立っていた。
「ローヴィニエ公国のフュルス・ツィスラリー侯爵様とヒュー・エドワード伯爵様ですね。お待ちしておりました。議会院議長エユ・バジーです」
男の横にいた婦人の方が凛として言う。その名にこちらはざわついてしまう。
「国王陛下が御待ちです。どうぞ」
なかなかの美人はこちらの驚きに何も言わず背を向けた。
「バジー家の御仁がまだおられたのか?」
「まさかとは思いますが、コモ・バジーの奥方では?」
前を行くフィルス侯爵殿が小さく付き人に問う。
エリザ・バジー公爵夫人が養子にと熱望するコモ・バジー殿に直接お会いしたことはないが、とても聡明な方だと伺っている。血筋としても申し分がないが、他にお血筋がいるとなると争いの種だ。
後ろの声など気にもせず、エユ・バジー議長は先を進んでいた。質素な城内に比べれば豪奢な扉の前にくると足を止めた。観音開きの扉を兵が押し開くと、中には数人の正装の兵が並んでいる。一段高い場に置かれた玉座もまたそれほど大層な造りではない。玉座の斜め後ろには兵とは少し違う正装をした美青年が立っている。段の下の左右にも兵とは違う格好の男たちが一人ずつ。気難し気な初老の男性と、背が高く武術に通じていそうな不可思議な雰囲気の男。前に進んでいくエユ議長に続き中へ入る。公国の礼儀作法で問題ないかと少し不安になるが、自国の礼を尽くすことが最善だろう。
玉座から少し離れた前に、椅子が五脚置かれていた。前に二脚、後ろに三脚の並びだ。貴族二人が前で他は後ろと判断して、その横に立ち国王が来るのを待つ。




