誘拐犯の話 5
「後の事はこちらで伺っておきます」
「あれは?」
「今も使っております」
ハザキに確認してから部屋を出た。それから一度深く息を吸う。赤子の甘い匂いが緊張を少しだけ解してくれた。
その足で、部屋へ戻るとユマを抱えたまま寝室へ入る。ベンジャミンを締め出して、部屋の中の戸棚に収められた国王のみが閲覧できる書物を引っ張り出して開く。
四代目代理リラ・ジェゼロ。それが書いた物はない。それは元からないのではなく、本人が持ち去ったと言われている。三代目、つまり彼女の母親が書いた物に、正義感が強すぎて聡明だが心配だと書かれていた。一度、神殿内に入りながら、王を継がなかった者。儀式後に病んだものや神殿内にほとんど寄り付かなかったものはいたが、自分にはその理由が理解できない。いや、自分の趣味の結果、好奇に負けた。恐ろしい技術の集大成。それは手品や物語の魔術に等しい。人を豊かにして命すら救う技術を封印したまま守る事を良しとできない王もいただろう。それを開放する事が認められた自分は恵まれている。それと同時に最も難しい立場に立った。
リラ・ジェゼロはそれらがあることを知っていた。それを知ったまま国を出た。その村が襲われたとして犯人が国の王であるならば、ジェゼロにあるものが何か、想定ができているだろう。三国同盟で、もうオーパーツの活用は明記されている。他国も興味を持つのは当たり前だ。
ユマが大きくなったころには時代が変わっている。それが平和で豊かな世の中か、その一端は自分も担うこととなる。
「………」
寝室のベッドにそっと泣き止んだユマを寝かせて、その横に座る。目の前で手を動かしてやれば興味深そうに見て笑う。口角がぎゅっと上がって笑う様がとても可愛らしい。目元は自分よりもベンジャミンに似ている。眉の形は完全に父親似だ。
本来、王の子は父が誰とも知らずに育つ。全員が知らぬままではなかったろう。もしも別に家庭を持ってそこに子ができたならば、国外へ行かされることも多かったと聞く。兄弟と知らぬままに閨にとっては事だからだ。自分は前国王から閨に入れられない者はいないと聞かされた。従兄よりも近い血筋がこの国にはいないと言うことだった。本人の口から、父がどこの誰か知らされたままであった王は実は少ない。
そもそも、国政にかかわれる国王付きと言う立場で王の子の親にひいては王の親にはなれぬ。これは特例で国を追いやられた王を守った功績から目を瞑られていることだ。もし、ジェーム帝国の女を呼べば、自動的に場外の仕事に追いやることになる。子が出来れば国外退去が課せられても不思議はない。
ユマは王にはなれぬ定めだ。次の子がベンジャミン以外の子ならば国外まで言わずとも問題はないのかもしれない。
溢れた涙をぬぐう。ユマの頬にキスを落として無理に笑いかける。
自分にはこの子がいればいい。だが、国王として、女児を次の王として残すことは国を治めるよりも大事な務めだ。務めのためだけに、ここにあれ以外の男を招かねばならぬのか。好いてもいない男の子と好いた男との子を共に育てねばならぬのか。
今は、こんなことを考えている場合ではない。だと言うのに、自分はもう、愛されていないということがどうしても心に渦巻いた。




