誘拐犯の話 3
「女王陛下から命じられました。団員を捕らえられ……一つ手を貸せと。自分が書いた話は大衆に見せてよいものではない。大罪だと。それを許す代わりに、ジェゼロ王の長子を攫い、連れてくるように命じられました。理由はわかりません。トールズとソネチナは仕方なく手伝っただけです。どうか。処罰は私だけに」
ハザキをちらりと見る。ジェゼロの中でも毒草については前王が執心していたので色々とよい薬があるが、ここまで素直になるものはないし、こうもすぐに効くものもない。どうせオオガミとハザキ、それにベンジャミンらの内々で知った薬か。帝国もなかなかにその手の物が多い国だ。
「女王とはローヴィニエの王か? なぜにジェゼロ王の子を所望した? その話とやらはどんな内容だ」
「……わかりません。故郷では当たり前に語られていた話です。終末について語られたもので。よりよく生きなくては、次の世に生きることはできないと言った話です。神聖な泉に住む妖精が出てきます。この国はとても神話に似ています。この国の神を捧げれば次の世界すら手に入れることができると本気で思ったのかもしれません」
「ここに潜入するまでの経路はどうした?」
「森から入り、街はずれの宿に泊まりました。その後、手引きの女が来て、兵の制服と城内の地図を見せられました。子も女に渡せばそれで終わりだと」
「その女は誰だ」
ベンジャミンが低く、とても冷ややかに問う。
「名前はわかりません。歳は四十か五十でふくよかな女でした。こげ茶の髪です」
よくある人相だ。それだけで特定は難しい。
「ほくろが、ほくろがちょうど顎の真ん中にありました」
「そうか。故郷で伝えられていた話についてきこうか」
もう、女の特徴は不要とベンジャミンが促す。すると男はまっすぐ前を向いて、歌のように口遊む。
古い言葉を使って、その言葉を知っている。ハザキやベンジャミンも顔を顰めた。それは、秋の儀式で王が歌う歌だ。口伝えで教えるそれは長く、船で島まで渡る間も歌う。その間の歌詞を覚えることはできない。歌う本人しか耳に届かないからだ。だが、男はそこも含めて歌う。
空から降った星と太陽の怒りが人々を襲う。けれど我らは死なない。そんな一節から始まる歌だ。だが、まるきり一緒ではなかった。
彼らの力を借りて、正しき者だけが生き残る。いつか彼らは目を覚まし、新たな国を作るだろう。その時まで、我らは神の子を守らねばならない。そう語ったが自分が知っているのは違う。
「我らは神の代わりに人の子を守らねばならない。だ」
静かに訂正をした。
それを言った自分を見て男が目を丸くしていた。
「女が、王だと?」
本当に女性王だと知らなんだのか。