晩餐 前
どのエラ様も美しい。身綺麗にされた姿は盛装でなくても輝いて見える。今は、その輝きが心臓に突き刺さるようで辛い。
少し遅れて入ってきたエラ様がこちらを見て小さく微笑む姿に初めて目を逸らしたいと思った。
「今回は随分と無理をさせたな。体調はもうよいのか?」
「先日は失礼をいたしました。明日からは警備や陛下のご公務内容について精査をさせて頂きます」
エラ様の後ろについて入ってきていたハザキ外相の方へ確認をするように目を向ける。エラ様からあからさまに目を背けたりはできない。
「ああ、一度兵に対して厳しい稽古をつける必要があるだろう。議会院も、お前を国王付きとして復帰させることを認めている。ただ、帝国で学んだ事を生かした任もいくつかある。以前にもまして多忙になるだろう。自身の体調管理は怠るな」
「はい」
いつもの手厳しい男が言う。その言葉に安堵する反面、不安が過ぎる。
「質の悪い議会員が却下するかと不安だったが、お前が戻ってくれてよかった」
エラ様のお言葉に胸が痛い。大丈夫だ。自分はまだ国王付きとして陛下から求められている。
「エラ様、ベンジャミンばかりに頼る前に、新しい子守りとメイドを早急に選定してください」
「う、うむ」
やはり、まだミサの代わりを選んでいないのだろう。王の寝室の清掃までの権利がある王専属のメイドは特別な存在だ。代わりになる者はそういない。
夕食が運ばれ、一時会話を止める。フルコースではないが、ジェゼロらしい食事だ。品数が普段よりも随分と多い。好物が用意されているのも陛下からの気使いだろう。半分は陛下の好物でもある。好物をとても嬉しそうに口にする姿が自分にとって最大の馳走だった。エラ様の好物は自分の好物に違いない。
食事を摂りながら、機密書類に対するいくらかの質問を受ける。食欲が湧かず、サラダや付け合わせに留める。エラ様の食事姿を見ているだけで胸が詰まる。
「報告書には目を通したが、酷い内容だったな。お前がいなかったら、今頃兵が押し寄せていたかもしれん」
同席しているハザキ外相がため息交じりに言う。自分に都合のいいようには報告していない。むしろ、問題なしと書いた方が次の機会にまたあの二人の世話をさせられないで済むだろう。
「オオガミやロミア様単体でしたらましですが、二人の組み合わせは最悪でした。戻ってから二人とも一度牢へ放り込むことが妥当かと」
「いくら帝国での任を終えたとはいえ、その二人を置いて先に戻ったのはあまり褒められんな」
「そこまでは私の管轄ではありません。野盗に襲われたとして、あのお二人がどうにかできぬならば私がいても同じこと。もし、寄り道をされていれば、予定よりも遅くなるやもしれませんが、それに付き合わされていれば、私が二人を襲っていたかも知れませんので」
道の初めで二人は置いてきた。一秒でも早く、陛下にお会いしたかったのだ。実際オオガミは手練れだ。それに帝国の送迎が付いている。どうせ言い訳を作って寄り道をするのだ、そんなものに付き合ってはいられなかった。
「無事に神官殿を治せたのならば、いい知らせだ。私も是非とも彼の元気な姿で会ってみたかった」
「神官様も機会があればジェゼロを訪れたいとのことでした。帝王様からは、必要なことがあればどんなことでも助けるから直ぐに知らせてほしいと言付かっています」
「うむ、気持ちだけ受け取っておこう」
帝王に対して一度覚えた感情を今の閨に対しては覚えていない。絶望はしたが、自分はその者と違い、お傍に仕え力になれる。
忘れてはならない。自分の幸せなどどうでもいい。ただ、エラ様を幸福にしたいのだ。かの方の幸せなくして、自分の望みは何も叶わない。
それほど近くない席にいてもなお、エラ様の甘い香りがする。
「……私はそろそろ別の仕事もありますので、陛下、先に失礼を。ベンジャミン、今回の任務ご苦労だった。戻って早々にあまり根を詰めるな」
「またご報告に」
行かないで欲しいと止める訳にはいかない。ハザキがプレートごと自分の食事を持っていく。
「……その、知らせを入れなくて悪かった」
二人きりになりエラ様が改めて困った顔をしていた。
「いえ、仕方ないことです」
定期的に連絡は来ていた。だが、最も重要な事は一文もなかった。それに対して、自分が返せる言葉は極僅かだ。
「陛下もお子息様もご健康だと伺うまでは心配でしたが」
「ああ、産まれるまでは何かと問題があったが、その後に問題はない。丁度春の日に産まれたお陰で、嫌でもうわさが広がってしまった。祭りにも参加できなかった」
よく見れば陛下の食事も進んでいない。
「食の趣向が変わられましたか?」
「いや、シスター・ハシィが辞めてしまったからな……厨房の婦人が見てくれているが、少し、心配でな」
「……」
美しくて可愛らしいエラ様が少し離れた間に真の母性まで身に着けてしまった。
自分にとって、歳を重ねても何があってもエラ様の価値は不変だ。例え、自分に愛が向かずとも、かの方が笑うならば、それでいい。
「エラ様………ハウスで育ちましたので、食事に赤子がいても問題ありません。それが、国王陛下の宝珠であればなおの事」
立ち上がり、陛下の後ろで椅子を引く。ああ、この位置がもっとも慣れている。
「今すぐにか?」
「はい」
きらきらとした笑顔が見返す。ああ、オオガミの馬鹿やズレたロミア様など放って、国にいるべきだった。そうすればその輝きは自分に向いていたのに。
今、エラ様が別の男ともうけた子を見て、平気なふりをできるのか。それは賭けだった。だが、避けては通れない。もしも、耐えられないならば、自分から国王付きを下りると申し出なくてはならない。
エラ様の後ろを追従し、陛下の部屋へ向かう。階段を登ったところで応接室前の男が視界に入る。陛下を見て兵が一瞬体を強張らせた。城の任に着く兵はその家族構成を含めて全員暗記している。自分がいない間に入った兵についても、昨日確認をしていた。それらの誰でもない兵がもっとも重要な国王陛下の部屋の前に待機するわけがない。室内には貴重品も多くある。重要機密もだ。そして、今は……