リセの危惧 前
この国にバジーの者がいる。それに、ローヴィニエの使者がジェゼロへきている。
いつもの坂を上りながら、足取りが重い。どういえばいいのか。いや、自分にはきっと関係のない事だ。やっとまともな生活ができるようになった。故郷はもうないのだ。
「朝からご苦労」
門番に確認を受けると元気よく言われる。
「はい、ありがとうございます」
門番の人たちがいつもよりも生き生きしている気がして少し不審に思いながら返す。
「今日、何かありましたっけ?」
聞くと、門番の控えの小屋を振り返る。意味ありげな顔で見合わせる。
「何でもない。栄誉のある仕事だ、お互い頑張ろう」
何かあるかあったのは確かだと思いながらいつものように国王の部屋へ行く。昨日の午後からベンジャミン様は警護の確認を行うからともどってこなかった。心当たりはある。バジーの名を持つ男がジェゼロにもいた。そして、ローヴィニエの名前を耳にした。それを警戒しての事だろう。
国王陛下の部屋の警護がいつものように中へ入室確認をしてから許可をもらい入る。大抵中でベンジャミン様が待っていて、その日の確認をしてくれる。
「ふぁ……おはよう。今日は朝からすまないな」
眠そうなエラ様が欠伸をかみ殺してから言う。
「夜泣きがひどかったんですか?」
「ああ、少し頼む。もう腕がダメだ」
代わりに抱いても泣き出すことは少ないが、今日は直ぐに母親が恋しいのかエラ様の方へ戻ろうとぐずる。
「大丈夫です。少ししたら、落ち着きますから」
優しくゆすりながらあやす。
こうなっても、ベンジャミン様は簡単にあやすから不思議だ。そういえば、ベンジャミン様がいない。聞きかけてソファでぐったりしているエラ様をみて口を閉じる。
朝から呼ばれることは珍しい。大事な時期に頼られているのはどこか誇らしかった。
国の王は自分のような人間の与り知らぬところで決まる。ジェゼロの王は代々世襲制だ。彼女の努力で王になったわけではない。それでも、国民はジェゼロ王家の者が継ぐことを神の意志として受け入れている。この国へ来て、妙だった。それでも、エラ・ジェゼロは嫌いではない。だから、その個人の力になるのは悪い気はしない。双子の二人も彼女の助けがあったからここにいられると言っていた。だから、例え彼女がジェゼロ王でも、嫌いではなかった。
少しして、ぐずらなくなったユマ様を抱きながらエラ様をみると小さく寝息を立てていた。ベンジャミン様は執務室の方だろうかと開いたままの部屋を覗く。中には誰もいなくて、執務机には書類が置かれていた。独特な紫に金の蝋印が見えて、唾を飲み込み足を踏み入れていた。それはローヴィニエ公国の刻印だ。それが押された封筒とその横に手紙がある。
神の国、ジェゼロ国に対する賛辞と男児出産に対する祝いが書かれていた。そして、ジェゼロ王への謁見を希望する旨が書かれていた。会談場所はジェゼロを望んでいる。
「……」
ジェゼロが自分の知る呪われた神の国なのか、未だによくわからない。それが恨み言だったのではないかと、未だに想う。それでも、あの女王がこの国に来たらと思うとぞっとした。
「何か、面白いものでもありましたか?」




