王からの依頼 前
執務室に連れてこられたが、いつもと違ってピリピリとしている。
ベンジャミンはいつもよりも二歩は遠い距離で待機している。エユとオオガミがいるからかと思ったが、なんだか喧嘩をしているようだ。
「それで、いつから私はコモ・バジーと禁断の恋の末、国を出たのだ? すまないが、記憶を失ったようでな」
エラ様がいつもよりも辛辣な口調で言う。
「いやー、もちろん、登場人物の名前は変えていますし。設定なども随分と架空のものを織り交ぜて、ジェゼロ国の秘密事項は出していないですよ。まあ、それで、男装をして男のふりをし続ける姫君なんかの設定を盛ってごまかしていますよ。あ、エラ様の事は大変尊敬申し上げておりますが、女性としてはもっとふくよかな方が好みでして、それにサウラ様の子供でしかも小さいころから見ているので、娘のようにしか思っておりませんから、実際に自分がエラ様と恋仲になりたいとかではないですよ。得てして空想話は面白おかしければいいものですから」
なにやら不機嫌な様が隠れ切れていないベンジャミンが怖くて、ついついいらぬことまで言う。実際、設定の一部を拝借した程度で実際に彼女に想いを抱いたことはない。
「その結果、事実を話せなかったと判断したエリザ・バジーが現在の国王たる私とその子をそのくだらぬ話の人物と同じだと考えたわけだな?」
「……はい」
エラ様もとても機嫌が悪い。こんなおっさんと恋仲などと笑って済ますような方だと思っていたが、そんなにお嫌だったのか。
「その婆、どこまで呆けてるかは別にして、周りの貴族連中は本気でユマをまとめて養子に欲しいようだな。相手は直系にそれほどこだわらん国だし、次の国王の資格としては十分だからな。それに、ローヴィニエの女王さんから手紙が来てただろう? ガキの事を一々書いてたのは牽制だった可能性もあるな。公爵家が減れば他の公爵家は甘味がある」
オオガミが言う。昔のキラキラしていた恰好に近いが山男のような姿ばかり見ていたから何とも妙だ。
「検問所の様子はどうだった?」
「まあ、大人しくはしているが、有力な貴族とやらがわざわざ出向いてきてるのは確かだ。三国同盟を出して追い返してもいいが、将来的にローヴィニエと衝突する芽は摘みたい。俺がコモを拾ったときに説得に来ていたやつよりも随分格上がきているから、そのばあさんよりも、バジー派閥の貴族が存続する為にどうしてもコモが必要だと結論付けたんだろう」
エラ様の問いにオオガミが続ける。今でも彼が王様をした方が国はうまく回ると考えるが、誰を王とするかは神が決めたこと。仕方がない。
「どちらにしろ議会院での議論案件か」
「最悪、私がローヴィニエへ出向くことも考えています」
エユが神妙な面持ちで言う。
「それは避けたいな……。コモが勝手に故郷に帰ると言うならば止めないし。ジェゼロの内情を話さないならばたいした痛手ではない。だがエユは私にも国にも必要だ」
以前のエラ様が言えば甘えに聞こえただろうが、今の真の国王になられたエラ様はまるでエユを口説いているようにすらみえる。それが妙にサウラ様に似ていた。自信と威厳を備えるようになったのだ。その過程を見て史実に書けなかった事が恨めしい。何故暢気に過ごしていたのだと、自分を罵りたい。