トワス・コナー 4
あくまでも事務的に、ベンジャミンが問う。これ以外が言うならば、一笑し、それを知れる立場にないと返してやるだろう。だが、唯一、聞く必要のない男が、問う。初めて、自分だけが、ユマの誕生を喜んでいたと気付く。当たり前か。他所に思い人ができれば、私が持つ想いは邪魔だ。
立ち上がり、執務机の二番目の引き出しから報告書の束を出す。その一番下の数枚を持ち、ゆっくりと息を吐いて、怒りと嗚咽が出そうな喉の震えを治める。
もしも、トワスが言った馬鹿らしい懇願が事実ならば、その気持ちが今ならばわかる。思う相手に気持ちを返されぬのは辛い。だが、あの男に対して好意は到底わかないし、一方的な自分の思いを相手に同等に返せなど我が儘で無理な話だ。それでも、辛いから厄介だ。
「座れ」
静かに指示して、自分も前に腰掛ける。間にある低い机に、持ってきた報告書を置く。読めということだと判断したベンジャミンが手に取り一読する。それほど時間はかからず、顔を上げたが困惑しているのが見て取れる。
「これは……」
「お前の働きは認めている。ジェゼロにも必要だ。国に、その者を呼びたいというのならば、考慮しよう」
国王付きは解任せざるを得ないだろうが、それは口にしない。見ている自信がない。幸いにも、王の子たるユマの父親はわからぬようになっている。この責務をベンジャミンに問う必要もない。
ずっと、口にできていなかったのは自分のためだ。ベンジャミンの幸せを願うならば、何も知らぬふりをして過ごすのではなく、話すべきだった。どこかで唯の間違いか気の迷いだと結論付けて蓋をしていた。
ユマを、自分の子とすら認めたくないほどならば、私が身を引くしかない。
「……これは」
同じ言葉で問われる。
「帝国での様子を報告させていたものだ。オオガミが粗相をしていないかを含めたものだが、何もオオガミだけが対象ではない」
神殿内部は流石に入れないにしろ、情報収集を行う人間は他国に配置している。それくらいはベンジャミンも理解しているだろう。
「私が、ジェーム帝国で、与えられた任務よりも、色事にうつつを抜かしていたと? だから、他に閨を取ったと?」
狼狽えているよりも、怒りを押し殺して返される。調査されていたことに開き直りを見せるとは。
今まで、合った視線は気遣いや優しさが見えるモノだった。今は、互いに冷たいものが混じっている。心移りをしながら、責任転嫁をする様に胃がムカつきを覚える。他に任せられる者がいないと、戻って早々に帝国へ行かせることとなったことを申し訳ないと思っていた。子を成したと知ってから、せめて、元気な子を抱かせてやりたいと願っていた。それが、まるでバカのようだ。裏切られたかもしれないと思いながら、不安定な妊娠期を乗り切っていたのが、あまりにも間抜けに思える。
猛々しい泣き声が戸を閉めていても聞こえる。
「よい。もう、お前はユマをあやさんでいい」
反射的に立ち上がったベンジャミンに低く言う。ドアを開けてリセからユマをもらう。
「そろそろ腹が減ったか」
「大事なお話し中に申し訳ありません」
「いや、いい」
空腹になれば泣き、腹にガスが溜まっただけでもぐずる生き物だが奇妙に愛しい。例え自分一人だけでも、できる限り愛情を注いでやらねばならない。