トワス・コナー 2
ハザキは見るまでもなく更なる渋面だろう。ベンジャミン抜きでなければ話さないと勝手な条件を言い出していると聞き、医務室には入れていないが、あれを入れていたら止める間もなく殴っていたかもしれない。
近くの椅子に腰かけ、微笑む。
「トワス・コナー。お前が口に毒を隠していない保証もない。何ら話をしない相手に対して、なぜ私が直々に餌を与える必要があるか?」
少し前の自分ならば、違った反応になったろう。ジェゼロ王である以上、エラ・ジェゼロはジェゼロ王でなくてはならない。エラとしてならば、意味が分からないというところだ。
「それとも、お前の口以外から、その話を先に聞こうか? その場合、お前の言い訳はただの補足事項程度にしかならんがな」
言ってから、十だけ待とうと頭の中で数を数える。八つ目で口を開き、十二で声が出た。存外自分の気は長いらしい。
「誓って、ユマ様に危害を加えるようなことはしておりません」
「ならば、なぜ逃げた? そうではないなどと言ってくれるなよ」
「……ベンジャミン・ハウスに指示されたことと言えば、便宜を図ってやると……約束を、したからです」
苦々しくその名を口にして言う。まるで逆のことをされたようにすら見える。人を試すような馬鹿らしい要望を受けたときとは違う。心がすんと凪ぐ。
「それは、あれを死刑にしようとした。ということだな?」
「た、ただ、国王付きを外させたかっただけです」
「国王の子を殺しかけて、それだけで済むと思っていたとは言うまい」
国内の派閥争いか。場合によっては他国が絡んでいるか。ベンジャミンは知識的にもジェゼロに必要不可欠な人材だ。
「私ならば、あいつよりも余程あなたに相応しい。なのに、あれが戻った途端に、私がしていた事まですべて取り上げ、あなたに近づくことすらあれがさせない。あれがいなければ、私が閨に入れると。あれ以外を入れたならば、私でもいいではありませんか」
呆れ果て腕を組んだ。そうまでして権力か、はたまた王の父親という名誉が欲しいか。
仮に、首謀者を虚言させたことだけだとして。ベンジャミンへ無実の罪を押し付けるよりも大罪を犯していた自覚はないのか? 真犯人をとらえる機会を失わせ、混乱を招いた。それだけで、裁くに十分な罪だ。
「あいつならば、国を離れた間に別の閨を入れたと知ったならば、例えエラ様の子であっても手にかけると……、あいつはあなたの信頼に足る男ではありません。まして、ご子息様をその手に預けるなど」
これほどまでに馬鹿な男がいるとは。
「エラ様、後はこちらで聴取をいたしましょうか」
ハザキが医師ではなく議会員の者として問う。それに軽く手を上げて一度制する。
「あれの名が出た時に、一時も疑いはしなかった。私の不利益になる事など、絶対にしないと知っているからだ。お前はそれの代わりになれると言ったな? もしその素養が少しでもあるならば、私の宝を奪おうなどとした輩を使い、さらに損害を与えようなどとはしなかっただろう。残念だが、私がお前に目を向けていなかったのではない。国王という権力しか見ていなかった時点で、トワス・コナーという男が私を見ていなかったのだ」
「違う」
弱々しく、それでも直ぐに言葉が返る。
「エラ様を、愛していました。強く気高いあなたのお傍にいたいと」
昔、似たことを言ってくれた者がいる。本当に底にまで落ちようかというときに、全てを投げ出してなお、そう言った馬鹿がいた。あの時のように心に波が立つことはない。命まで差し出して、何もなくなった自分に尽くした者と比べれば、あまりにも言葉の重みが違う。
「ジェゼロ王がどのようなものか、理解すらしていないお前では、私に傅く資格もない」
立ち上がる。トワスの伸ばした手が束ねた髪に触れたが、掴まれることはなかった。




