表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国王陛下育児中につき、騎士は絶望の淵に立たされた。  作者: 笹色 恵
~女王の計略~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/144

狩る者、狩られるもの。 後

「お、オオガミ」

 狼犬を目の当たりにした時よりも、明らかに動悸がする。

「あ? トウマとはもう呼ばないのか」

 見下ろす男に息を飲む。口が乾き、飲み込む唾すら口に残っていない。

「どうして、ここへ」

 最後のあがきで適当なことを問う。

「誘拐は目的如何で死刑もあり得る大罪だ。特に女子供を対象にした場合は罪が重い」

 淡々とした声だった。追ってきたからには、もうあの男が口を割ったのだ。

「ち、違う」

 エラ様の愛馬が一歩踏み出し、右の前足が投げ出されたままの自分の左足のすぐ近くに着地した。傾斜で前足にその巨体の体重のかなりの割合が乗っている。足を踏まれれば折れるだろう、腹や頭ならば死すらあり得る。直ぐ近くで馬が不快気に息を吐き、生温かい唾液が手に落ちて慌てて引っ込める。

「私は、犯人を素直に言えば助けてやると言っただけで……」

「最後の言葉が何になるのか、決めるのはお前だ。忘れるな」

 変わらず抑揚のない声が言う。

「……が、エラ様が、あれが戻った途端に……あまりにも冷たくなられたのが、ゆ、許せなかったっ」

 国王付きが国を離れた間、仕事の管理や業務の手伝いであれほど尽くした。それだというのに、エラ様は、自分以外を閨にした挙句、国王付きが戻れば当たり前のようにそれだけに寵愛を与えた。王の傍に閨はいられぬ。残酷な事の間は国を離れさせる気遣いだったのだ。その穴埋めに自分は使われたに過ぎない。

「何か、お前はベンジャミンに嫉妬して、あいつを犯人に仕立てようとしたのか?」

 それまでと違う、どこか呆れた声が言う。

「ユマ様の誘拐などという、恐ろしい事を計画などしていない。それだけは、命にかけて陛下に誓って言う」

 顔を上げて、馬越しに見えた男の目は、酷く冷たい残忍なものに見えた。

 馬が不自然な体勢を立て直すように小刻みに地団駄を踏む。引いたように見えたが、すぐ後に踏み出した足が脛に乗る。木の根との間に挟まれたそれがみしりと鳴る。何があったのか理解する前に熱い痛みに悲鳴を上げた。

 明らかに折れている。膝の下にもう一つ関節ができたように段ができていた。

「落ち着け、キング。おまえはそんなんだから殺処分されかけるんだぞ」

 優しい声でオオガミが馬を宥める。その周りにはずっと犬が纏わりついていた。

「た、助けてくれ」

 トウマ・ジェゼロは狂っている。狼の森に住み着いて、犬と獣のように暮らしている。そんな噂を不敬だと断じてきた。だが、サウラ・ジェゼロの兄は、妹よりも余程おかしい。

「俺には、お前が気安くした行為の方が誘拐よりも恐ろしいけどな。真犯人を逃がして、挙句無実の男をあわよくば死刑にしようとはな……」

「孤児が。捨て子が、尊き国王陛下に仕えること自体が大罪だっ」

 オオガミが、馬から降りる。高い場から見下ろしていた時よりも、近くに来たそれは余程恐ろしく見えた。

「生まれに人の差が出ないとはいわねーよ。だけどな。マイナスから這い上がった人間は、いい生まれのバカよりよっぽど尊いもんだ」

「ジェゼロ王族に相応しいものが、お傍に仕えるべきなんだ」

 小さく首を傾げるさまは、エラ様と同じ仕草だった。

「トワス・コナー、お前は運がいい。そんなんでエラの犬になっていたら、狂犬病患って狂い死んでただろうよ」

 そういうと、掠れて音の出ていない指笛を吹き、集落へ降りていく。馬は後をついていったが、まるで番犬のように、狼犬が少し離れた位置で腹を伏してこちらを見ていた。増援を呼びに行ったのだ。今の間に、姿をくらませば。立ち上がろうとしたが、折れた足が痛くて到底坂を下りられない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ