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国王陛下育児中につき、騎士は絶望の淵に立たされた。  作者: 笹色 恵
~女王の計略~

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狩る者、狩られるもの。 前


 森に逃げ込んだ。街道では直ぐに捕まると判断してだ。ジェゼロは湖を中心に森に囲まれた国でもある。鬱陶しいほどの青い枝葉の間を馬に鞭打ち駆けさせる。

「なっ」

 山を越え、下り坂になった時、馬が木の根に右前足を取られ、左の前足が泥濘に嵌まり滑った。体勢を立て直せずに馬がこけ、振り落とされる。不運にも湧き水の始まりのような場だ。泥まみれになり、それでも立ち上がる。馬は無事か。見上げれば馬は自分よりも早く立ち上がってそれどころか立ち去っていた。

「嘘だろ」

 心の底から絶望の声が漏れる。

 きっと、誰も信じないだろう。そうなれば自分は死刑でもおかしくない。本当に、ちょっとした気の迷いだった。そもそも、そもそもだ、あれだけ忠義を見せていた自分に対してあのような態度をとっていなければ、自分は間違いなど犯さなかった。あれが戻って、当たり前のようにあの場にいなければ、自分にも機会は巡ってきたはずだ。

「ちくしょう」

 泥まみれで立ち上がり、坂を下りる。道もない高い木々の間を抜けて、下りる。この先にはジェゼロとナサナの国境の村がある。そこを抜ければ、何とかなる。

 泣き声が聞こえた。いや、人の声ではない。ケタタマシイ獣の声だ。

 野生の狼が巣食っていると子供達には教え、勝手に山へ入らないようにさせている。実際には違うことは大人ならば周知のことだ。だが、野生ではない狼はいる。

 オーン……――

 ざわつく様な葉の掠れる音と軋むような枝の音に足を止める。声は近くなっている。

 直ぐに息が上がる。ざわめく音で何度となく後ろを振り返るが、木々が立ち並ぶだけだ。

「……っ」

 細い川が見えた。その先には田畑と集落が開いている。

 次はどうすればいい。適当な理由を話して服と馬を借りる。まだ兵の駐屯所に行けば借りることはできるはずだ。早馬でもまだここには来ていないはずだ。そうすれば、夜明けには国外に逃げられ……

 背中から強い衝撃を受けて、前のめりに坂を転げる。一本の木にぶつかり、止まると見上げた先には獣がいた。子供よりも大きな犬だ。長い鼻と灰色の毛並み。吐き出す息の生臭さを感じるほどにそれは近い。

「ひっ」

 こんな森の端に狼犬が出る事は滅多にない。

 耳をそばたかせたかと思うと、目の前で高々と遠吠えを上げ、長い尻尾をもたげてゆらゆらと揺らしている。狼犬が振り返って、じっと先を見る。熊が出たのだとおもった。だが違う。大きな漆黒の馬に黒い服に黒い髪の大男が乗っている。


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