新しくて懐かしい出会い
エリザ・バジーは初期の痴呆を患っていると言われている老婦人だった。
ロミアの意見としては、呆けてはないと思う。ただ天然な節がある。
「孤児院三つとは流石にお金持ちだねー」
「お金はあっても、できない事はたくさんあるのよ。私は、一人しか子供ができなかったけれど、代わりに今はたくさんの子供を育てられるのよ」
馬車で移動しながらエリザがふふと嬉しそうに言う。
彼女は正確にはバジーの人間ではない。バジーに嫁いだのだ。そして子供は亡くなり夫も他界した。現在ローヴィニエ国にいるバジーの血族は完全に途絶え、彼女が最後の財産所有者になる。亡くなった子を今も生きているように、コモがそうであると思い込む様から、完全に痴呆を疑われている。それに金遣いの荒さもある。ただ、自分に使っているのではない。慈善活動だ。
「でも、三つで三百人かー。凄いね」
「子は宝だと言うけれど、それを磨くことが親の、大人の務めだわ。私は、宝石よりも立派に大人になる子供を見るのが好きなの」
ふふと笑う。
「あなたと同じくらいの子供もいるわ」
子供だと思われるのは昔っからだ。コモの友達で子供だからと見ず知らずの人にとても親切にしてくれている。ちょっとその親切さは異常だ。優しい人がいないとは言わないが、聖母のようで少し怖い。
「もうじき、コモさんが帰ってきてくださるの。ここだけの話、あちらの王に近しいお嬢さんと恋仲だったらしいの。その方が子を産まれたとかで、コモさんはその方と私の孫を連れてくるために旅に出られたのよ」
とても嬉しそうに聖母は言う。王に近しいと言うか、血縁はもうエラとトウマだけだ。上手い逃げ口上だったのかもしれない。他の貴族もぱっと出のコモにいっそ後を継がせたいようだった。このまま公爵家が一つ消えるくらいなら、昔にジェゼロへ亡命した分家を養子にさせて存続させた方がいいと考えたのだろう。そこにいいところの娘さんを嫁がせて子ができれば万歳だ。三公爵が国を回すこの国において、今の状態はかなり不安定な状態だ。だから、この体制は無理があると忠告したのだ。
しばらくして街はずれの広大な自然の前に教会と建物が並ぶ。その中で馬車が止まった。
「おかえりなさいませ、エリザ様」
修道女の恰好をした女性が出迎える。資金援助者に盛大な迎えもない。
「ただいまキャロル。皆は元気かしら?」
「先日流行り病がありましたが、エリザ様のおかげで直ぐに収束しました」
「ああ、よかった」
目尻に皺を寄せて笑う。
「それで、こちらの子が新しい家族ですね」
「ええ、私の大切な友人よ」
ローヴィニエに来た理由を聞かれたので社会見学だと答えていた。何やら盛大な勘違いを受けているようだ。
「お幾つかしら。学校に通ったことがないなら、文字と職業訓練から始めましょう。キャロルよ。よろしくね」
エリザと同じくらい慈愛に満ちた顔でキャロルとやらが手を差し出す。
「ママっ」
握り返すか悩んでいると横を抜けてエリザ・バジーに女の子が抱きついた。ふわふわの赤い癖っ毛の女の子だ。
「あらあら、元気ね。風邪は引かなかった」
身を屈めてエリザが問う。
「どこにいれば安全か知っていたから大丈夫よ」
「まあ、お利口さん。今日はお菓子を持ってきたのよ」
もうこちらが見えていないのか。女の子と手を繋いで建物へ入っていく。それを見ながら何度か瞬きをした。
「あの子は?」
「ああ、あの子はカンラ。エリザ様が拾ってきた子の一人で、特にエリザ様が大好きなの」
「……へー。彼女も特に大事にしてるみたいだね」
「エリザ様は全員に等しく慈悲を与えて下さっているわ。でも、カンラがエリザ様のぬくもりを求めているから、エリザ様はそれをお与えになるの」
まあ、案外孤児院の内情は酷いかもしれないし、それに、ちょっとここで過ごすのも楽しそうだ。
「……キャロルだっけ。よろしく。僕はロミアだよ」
ローヴィニエに来たのはたまたまだけど偶然じゃない。三公爵のバジー家だから期待したが彼女は血の特権を持たない。他の公爵はちょっと危ない雰囲気がある。その中、彼女とその極周辺だけは妙に静かだった。そう、ここも静かだ。