つかの間の休息 後
昔はもっと楽々と登れていた坂だが上がりきったころには息が上がる。
「エラ様、エユ様がお探しでした」
「何用だ?」
「わかりかねます。お戻りになり次第、知らせを寄越すように伺っております」
「ああ、頼む。部屋にいる」
一人の門番が城内に足早に入っていく。
四人いた護衛の内三人がここで離れ、部屋までは一人だけが着いてくる。部屋に入ってようやく他者の目がなくなった。
「警護はこれが最小です」
何か言う前にベンジャミンが言う。
「……わかっている。私だけならまだしも、今はユマもいるからな」
王位がなくとも、王の子だ。それだけで命が狙われた。
いつの間にか腕の中で寝たユマを抱えたままソファに座る。もう少し時間が経ってから降ろさないと起きてしまう。これでも母親だ最近は多少のコツをつかんできた。
「お背中を失礼します」
「ん? ああ」
後ろに回ったベンジャミンの手が肩に乗る。散歩に出してくれたのは相当疲れているように見えたかららしい。国に戻ってきてから、初めてではないかと思うほど、しっかりとベンジャミンの手が体に触れる。服越しではあるが、一番気を許せる手だ。
「少し、運動をする時間も取らせていただきましょうか」
双子に筋肉の解し方を習ったのは知っているが、本当に何でもできる。机仕事で首や肩が痛くなっていた。固まっていたそれが解かれていくようだった。
腕の中にはユマがいて、後ろからはベンジャミンに甘やかされて、エユが探していたと頭のどこかで思いながらも心地いい眠気がやってくる。
背中の肩甲骨のあたりをぐりぐりとされて、寒い日に湯船にでも使ったような呻きに似た声が漏れる。
「腹立つほど何でも上手いなぁ、お前という男は」
小さいころは体もひょろっとしていて大きい餓鬼どもに小突かれただけで倒れてしまいそうだったと言うのに、今では熊だって素手で倒せそうになってしまった。それに頭の良さはオオガミに次ぐだろう。ユマも自分ではなくこれに似てくれれば、人生を少しは生きやすく過ごせるだろう。
「左右のお二人に、もう少し本格的なものも習っておきましょう」
「ふふ、私は専属の整体師まで手に入れられるのか?」
冗談交じりに言う。ベンジャミンがいなくとも、何とか出来はした。だがそのしわ寄せはベンジャミンが綺麗に伸ばした。結局は、これには頼りっきりだ。
ベンジャミンがすっと手を放し、ソファの横へ付く。視線はドアに向いていて、そのすぐ後にノックがあった。足音でも聞いたのか。自分の耳には届いていない。
「入れ」
言うとエユ・バジーが入ってくる。
「探していたそうだが、どうした?」
ドアをきっちり閉めてから、こちらを向く。
「現議会院長として来ました。少々お時間を頂けますか?」
随分と怖い顔をしている。いや、凛々しい顔か。