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国王陛下育児中につき、騎士は絶望の淵に立たされた。  作者: 笹色 恵
~騎士の帰国~

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32/144

つかの間の休息 前

 湿度を感じる風が時折枝木を揺らせて小気味のいい音を鳴らしていた。

 乳母車だと、ユマからもよく景色が見える。まだ未完成なその頭に、きらきらとした景色が刺激を与えているのがわかる。山から下りてくる小川の上に小さい橋がいくつもかけられていた。澄んだ水が細く流れる音が心地いい。

 ジェゼロは美しい国だ。それなのに、執務室に籠っていてはあまりにも勿体ない。四季で変わる景色も、空気の色や過ぎる音も、高みから見ているだけではまるで違う世界の景色のように見える。

「そろそろ、お戻りに」

 ベンジャミンがそっと耳打つ。これ以上行くと町沿いに入るからだろう。ジェゼロ湖に沿った街道を戻る。ユマは速度が図れるのか、一定速度以上で押してやれば機嫌がいいらしい。おかげで歩みを止めて一息をつかせてくれない。

 昔は警備なんてなくても平気でどこへでも行っていた。前国王も一人で姿をくらませては毒草畑で癒しを得ていた。先の一件もあるが、ジェゼロがそれだけ世界において重要な国と認識されるようになったのもあるだろう。

 湖から見れば崖の上に建ったように見える城だ。その裏には急傾斜の坂がある。昔は崖と坂の間の獣道のような階段を使っていた。今はそこを使わせてもらえない。

「キング? どうした。」

「ああ、少し借りんぞ」

 急傾斜をゆっくりと下りてくる。馬の蹄が高らかになり、体の大きなキングの上に、でかい男が乗っている。キングがその背に乗せるものは少ない。特に男は二人しか乗れたものがいない。

「オオガミ。どこかへ行くのか?」

「ああ、ちょっとな」

「キング、まあ付き合ってやれ」

 撫でると小さく嘶いた。オオガミはジェゼロの血筋でも特に動物に好かれる。キングは男嫌いと言われているが、オオガミと馬番のホルーだけは決して襲わない。

 それを見送ってから、ベンジャミンが乳母車からユマを抱き上げる。

「最近は鍛錬に参加していなかったからな。少し運動をしなくてはな」

 手を伸ばしてユマを受け取る。抱き上げると足をばたつかせる。柔らかい自分が産んだ生き物は、可愛いがなかなかに面倒でもある。自分が母に甘えた記憶はないが、この頃には、同じように抱きしめてもらえていたのだろうか。


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