ジェゼロの歴史学者 後
「ああ、僕はコモ。ここで働いていてね。ジェゼロの歴史はとても興味深いんだ」
「……」
「君はエラ様の雇った子守りだね。よろしく」
「リセです」
何か自分は気にかかることをしたのか、それとも、単に興味本位なのか。求められた握手の手を握り返す。
「初代ジェゼロ王から最初の百年は、国王以外は見ることのできない書も多い。二百年より後の歴史だけでも十分に面白いよ。前国王のサウラ様もなかなかに変人で百年後には真偽が問われる逸話になるような事がたくさんあってね。でも僕は事実だって知ってる。それ以前の歴史書も、きっと事実が多いよ」
「その、どうして、国王様は同じ血を保てたのですか? 他の国では、戦争や内乱で変わることは当たり前の事でした」
問うとああと何か納得したようにうなずいた。
「他国の人には理解しにくいのかもしれないね。ジェゼロ国民は、当たり前のように、ジェゼロ王家が神に愛され、唯一その神に供物を届けられる一族であると知っているからだよ。過去には一度崩御しかけて、結局は王位に戻した歴史もある。それは国王不在で神の怒りに触れて困ってしまったからでね。つい最近も、謀りの結果、国が滅びかけてしまった。だから、ここにおいて王というものは、国を統治する以上に神聖なものであり、生き贄といってもいい。平民よりもいい暮らしと言っても、財ある者よりも質素な暮らしで生活や生き方が制約されているのを考えれば、ジェゼロ王家は王位にしがみ付いているのでも君臨しているのでもなく、国民に強要されているに近い。まあ、義務として育てば強制とは思わないのかもしれないけれど、まあ、ジェゼロの神がそれを望んだから、今もジェゼロの血は続いている。そういうことだね」
長々という相手は、そして国民は、確かに、神はいると信じている。他の多くの国が、ジェゼロの神をあがめていると知っている。
「……不運を押し付けられた人からすると、エラ様は随分暢気に見えるかい?」
眼鏡の奥の目が困ったように笑う。
「いえ、むしろ不自由に、見えます」
どこの国の王でも、実物に会えば落胆して嫌悪すると思っていた。自分は、この国の王を嫌いではないのだと今自覚した。
「君はなかなかに見どころがあるようだね」
破顔して男は頷く。
その暢気な顔の後ろに厳しい顔をした男が一人、近づいてくるのが見えた。厳格な雰囲気に睨まれ、無意識に筋肉が緊張する。
「コモ。コモ・バジーっ」
目の前の男の名を呼ぶ。それに驚いてつばを飲み込んだ。今、バジーと呼んだ。
「ああ、シューセイ。どうしたんだい。いつもよりも凶悪な顔をして」
それに対してすら暢気に返す男は、きっと何らかの地位があるからこんなにも余裕があるのだ。バジーの名を持っているなら当たり前だ。
「話がある。こい」
「……じゃあ、また話をしようね」
こちらに笑顔を向けて立ち上がると、男の後ろをついていく。
膝の上で握った手にはべっとりと汗を掻いていた。
ジェゼロの一族だけでなく。ここにはバジー家まで巣食っているのか。