ハザキ外相の医務室
多少の過労はあるだろうが、ベンジャミンを倒れさせるとは流石にエラ様はサウラ様のお子だけはある。
「大丈夫ですか? あいつ」
城の医務室ではなく、城下にある医院へ連れて行ったのは自分の一人娘の夫だった。ベンジャミンよりいくつか年上だが、あれのごく少ない友であるため名は知っていた。まさか、馬番が義理の息子になるとは議会院長を務め、今では外相のシューセイ・ハザキにも読めなかった事態だ。まあ、娘は昔からよくわからなかった。仕事ばかりであまり家にいなかったせいで寂しい思いもさせたと悔やむこともあったが、結婚式では互いに泣くこともなかった。この馬番いわく、父子でそっくりすぎるからたまにお義父さんを嫁にもらったのかと不安になりますと、美しい娘を娶りながらのたまっていた。いや、実際にそうなのだろう。
「心配する程のことはないだろう」
「だといいんですけど……妙にやばい気がして」
頭の悪い言葉でそれは言う。
娘は医師でもある。人と動物両方診るが、主に獣医業が多い。それに対して意見はないが、これを選んだ理由は理解ができない。
「なんて言うんでしょう……あいつ、エラ様に対してだけはアホなんですよ。それもかなりの」
そんなことは知っている。エラ様とベンジャミンの方が子供のようだと妻にすら笑われた事がある。それほど、関わり深い二人だ。
「ここはいい、仕事に戻れ」
「はぁ、わかりました。夜にもう一度見に来ますんで」
図体ばかりがでかい男が困ったように言うと出ていく。姿が消えてから、ベンジャミンを寝かせた病室へ入る。ベンジャミンは既に目を覚ましていた。
「あなたでも、義理の息子とは仲が良くないようですね」
変わらぬ嫌味に少し安堵する。
「吐いて倒れたと聞いている」
「疲れが出たのでしょう。随分無理をして馬を走らせましたから」
あまりにもいつもと変わらぬ物言いだ。いや、いつにもまして淡々としていた。
「それだけか?」
「ほかに心当たりはありません」
はっきりと返される。
「今日はここに泊まるように。明日、正式に陛下と晩餐の機会を用意する。ジェーム帝国での事の報告は落ち着いてからで構わん。一先ずは安静にしておくように」
「はい。ああ、それと……陛下とご子息様のご体調は?」
まるでついでのことのように問う。そうか、真っ先にそのことの質問がなかったことが可笑しいと感じたのか。
「出産までは少々問題もあったが、ユマ様の体調も問題ない。エラ様の肥立ちもよい。育児疲れが出ておられるので、仕事量を調節している」
「……ご公務については後程調整を。あのようにお疲れの姿は国を離れた時にもお見せにはなられませんでした」
「わかった」
いや、気のせいか。いつもと変わらず、これはエラ様だけを見ている。
「診察がないのでしたら、もう休んでも?」
「ああ」
話を打ち切られ部屋を出た。
既に初孫は見た。いつのまにか産まれていたと言っていいほど、娘の妊娠中には数度しか会っていないし産まれてからもさほど会っていない。喜びはあるが、自分の子でないエラ様の出産の方が余程感慨深かったと言っては親失格か。そう、自分ですらそうであったというのに、ベンジャミンの反応はあまりに淡泊だ。




