散歩にいこう 前
ユマ様が寝返りをうてるようになった。応接室の半分はユマ様の活動場として土足厳禁のカーペットを敷いた。そこにはエユ様からの貢物のおもちゃが多数ある。
半月ほどだが、双子が拾ってきたリセ・ハンミーをユマ様は気に入ったらしい。エラ様にもそれまでの子守りよりもいいようだ。エラ様も人見知りをするたちだ。王という立場と王になる生まれから、昔から利用されることが多かった。そういった相手と信頼できる相手を選べば、あまり多くの人間と親しくはできなくなる。変に媚を売るでもなく、程よい距離なのがよいのだろう。
本来は国王専属の部屋仕えを置くが、前の者がなじみ深すぎたせいで新たには置いていない。もしも、あれが国にいれば、エラ様の苦労もひとつかふたつは減っただろうに。
「……少し休憩にいたしましょうか」
エラ様の集中が切れだしたのを察知して声をかける。エラ様が顔を上げると頷いた。
「近場ですが、ユマ様と一緒に散歩でもされますか?」
「ああっ」
エラ様の目がキラキラと輝く。
安全を考慮して、警護付きで何度か視察にはお連れできている。元々活発な方だ、書類仕事ばかりでは気が滅入るだろう。滞っていた仕事には目途が立ってきている。
「ユマの機嫌はどうだ?」
エラ様が部屋を出てユマ様の許へ向かう。
「少し外出をしますので」
「あ、はい。おむつだけ替えて置きます」
エラ様が屈んでそれを見ている。
「エラ様も準備をなさってください」
廊下の警備兵にいくつか指示を出してから、息子の尻を眺めているエラ様に注意する。執務室に慌てて戻られた。
「どちらへ行かれるんですか?」
「特に決めてはいませんが、少し時間が空くので、前に言われていた図書室に行かれるのであれば案内をさせますが?」
「よそ者の私が行ってもよろしいのですか?」
「エユ様から許可は出ていますから、持ち出しはできないのと、閲覧制限のあるモノはご遠慮いただきますが」
ジェゼロに馴染みたいので歴史を知りたいと以前からいくらかの書物は用意させていた。
「他国のように諍いもほとんどないので、さして面白いものでもないと思いますが?」
「途切れてしまった歴史よりも、余程いいです」
生まれ育った場がなくなるというのは、おおよそ想像ができない苦痛だろう。ただ離れただけならば、いつか帰ることもできるだろう。その差は大きい。