ある兵が見た 後
「どういうことか、説明を願えますかな?」
道場の師範が、ゆっくりとした口調で二人を見下ろして問う。
「げ」
あからさまな声を上げるオオガミに対して、ベンジャミン様は腕ひしぎ十字固めを解いてすっとその場に正座する。
「事務方の仕事でなまっていましたので、稽古をつけてもらっていていました」
しれっと言うベンジャミン様に師範は小さく頷く。
「剣技は優れていたが、その後の動作を考えて動くよう。それ以外にはない。今後も励まれるように」
「ありがとうございます」
小さく頭を下げるのとは対照的に、オオガミは胡坐をかいて座り、伸ばされていた右腕の調子を見る様に曲げ伸ばしをしている。
「随分と、老いたものですな。ジェゼロ稀代の名将になられるとばかり思っていたというのに。負けてやるにしても、もう少しきれいにできないものですか」
「……」
しらっと視線を合わせないオオガミに師範はため息を漏らした。
「それとも、あの程度の実力だというのならば、稽古通いをしなさい」
「はは、剣豪になりたいわけじゃないスよ」
いい年をした大人が言う。
「本日の仕事の用意がありますので、私はこれで失礼を。あとの始末はオオガミに任せますので」
「ああ! おっまえ、これ込みで謀ったな!」
何も言わずに師範に一礼をすると荷物を抱えて道場を出ていく。その時に初めてこちらを見て、口元に人差し指を当てて見せる。それをこのことを口外するなという意味だと取るが、それを見てうっと心臓が痛くなる。いや、自分に男色の気はない。
「さて、オオガミ殿に対してか、トウマ様に対してか、どう接するべきか改めて伺ってもよろしいですか?」
「お、オオガミ、です」
「では、オオガミ殿、ジェーム帝国へは国の代表として向かわれたはず。オオガミという名になったというのならば、立場をわきまえず、そのような堕落してみせた口調や態度は如何なものか。ジェゼロのお血筋に甘んじていないというのならば、なおさらに、ご自身の態度を見直すべきでしょう」
すっぱいものか渋いものか妙なものを食べたような顔をしてオオガミが目を瞑る。王族だった方を呼び捨てにするものは多い。それはオオガミ自身が敬称をつけると柄悪く睨むからだ。それに対して師範はオオガミ殿と呼び、長く説教を続けた。
師範がこんな早くから道場に出られることは確かに珍しい。
自分が早朝出勤のために退席するときにも、まだ説教は続いていた。あの妙な表情のままだが、言い訳もせずに、オオガミは説教を聞いている。何かは知らないが、ベンジャミン様はここまで考えて行動されていたのではないかと思う。
ベンジャミン様を怒らせてはいけないと聞いてはいるが、実際に怒るところは見たことがない。警備の強化などでは厳しい一面も見せるがそれだけだ。個人的感情で怒りを持つ姿がそもそも想像できないが、これがその結果なのだろう。