ある兵が見た 中
間合いを詰めると、防具どころか竹刀すらもたない相手へ、ベンジャミン様が枇杷の木刀で斬り付ける。どうやったのか、素手でそれをいなして、オオガミは後ろへ距離をとっていた。
「おっ前、腕折るつもりか?」
「まさか、殺す気です」
声だけは涼やかにいう。自分の姿は二人に見えていないのか。少なくともその目には映っていない。
「やー、お前の趣味を奪った事については謝ろうと思ってるんだぞ? 次は、お前がこなくても無理くそしないようにもできるだろうし」
「単に第二巫女様に会いに戻りたいだけでしょう。次は、俺がその邪魔をする権利があると思うのですが、いかがですか?」
「バっカいうなよ。あれとはそういうんじゃねーって」
到底元王族とも大人とも思えない口調でオオガミが返し、後で使おうと並べていた防具の中から勝手に黒檀の木刀を取られた。それ、自分のですと言える立場にない事を理解し、道場の隅に身を寄せる。
剣の師範がジェゼロでの剣豪として挙げる五人の中にオオガミもベンジャミン様も入っていた。止めに入らないのは、その二人の真剣勝負を見れるのではないかと、強かに期待している自分もいたからだ。
「気分転換にぼこられに来たんなら、そんなものは置いておいたらどうですか?」
「無抵抗の人間相手じゃ気が引けるだろ?」
じりじりと間合いを取り合いながら、普段見せない姿をさらしている。
模擬戦ならば、防具をつけて、急所を打てば点数が入るが、二人とも防具をつけていない上、竹刀ではなく木刀だ。まともに当たれば大怪我になる。気が付けば、手を固く握り掌に汗をかいていた。もしもの事態に助けられるようにしようと思っていた時に、事が動いた。
先に動いたのはベンジャミン様だ、予備動作のなさが彼の恐ろしさだ。胸の中心に対して突き刺しに行った。まともに入ればケガではなく死ぬ場所だ。ひっと見ているこちらが悲鳴を上げるより前に、オオガミが木刀で切っ先を変えて脇腹を掠めながら避ける。そのままの動作でベンジャミン様の脳天目掛けて重い一撃が落ちる。もちろん直撃したらただでは済まない。重いと思ったのは、それが床に強かにぶつかった時に床板がへこんだからだ。
ぎりぎりで避けたベンジャミン様が相手の下がった切っ先をすくい上げる様に巻き込んだ。木刀が天井に刺さったのを見て、危なくて見ていられない試合は終了だと思った。天井に刺さった自分の木刀をどうしようかと一巡し、視界を落とすと、ベンジャミン様がオオガミに胸ぐらを捕まれ、背負い投げされ床に叩きつけられていた。腰骨をやったのではないかと思うそれの後、ベンジャミン様がすかさずにオオガミの腕を掴み、足をかけて腕へ飛びついて関節技をかけていた。剣技一つで強さを示す姿しか見たことがなかった。それが、泥仕合のような様相を見せているのに間抜けに口を開けてしまう。
「おんまえ、腕ばっか狙いやがって」
「ああ? 骨の一本や二本で許して差し上げようという配慮が理解できないので?」
本気で肘と肩を殺しに行っている。それに対して伸ばされている手でベンジャミン様の首を絞めようとしている。
これは、どうするべきか、止めてもいいのか。わたわたしていると、横を老人がすっと通る。




