ある兵が見た 前
ジェゼロ国内で騎士の称号を唯一関するベンジャミン様の機嫌が悪い。
他の兵に軽く話を振ってみたが、いつもとお変わりないだろうという。
ベンジャミン様と呼ぶことは義務ではない。元々、捨て子であり、ハウスで育てられた彼に対して、敬うという事を嫌うものも少なからずいる。昔からハウスの出であっても城では雇用していたし、歴史に名を遺した方々も少なくはない。ただの差別意識ではなく、国王付きを任され、陛下の寵愛を受けていることにたいしての嫉妬によるものの方が多いように感じる。
一平民であり、下級兵だった自分としては、憧れの対象であり、同様に感じる者は決して少なくはない。
早朝勤務であるため、いつも以上に早く道場へ入ると、空を切る音が規則的に聞こえる。
ベンジャミン様が、剣の稽古をしていた。その様子を見て、やはり不機嫌だと思う。昔は、無心に稽古に励まれていたのに、今は邪念が見える。
切っ先を止めると、ふっとこちらを振り向く。
「あ、おはよう、ござます」
朝からお会いすると思わず、声が上ずった。
「……ああ、パレッドか早いな」
「あ、はい。今日は早出ですので」
どうにかそう言葉を返す。ほとんどの兵の名を覚えていると耳にしたことがあるが、実際に名を呼ばれると緊張する。
早出だからこんな早朝なのであって、ベンジャミン様が稽古をされているかと起きたわけではないと言い訳がましく口に出そうだった。同期が、稽古をつけてもらいたい一心で、毎日早起きをして稽古に参加していたが、寝不足で不始末を起こしてしまった。それ以来、早朝にベンジャミン様が稽古をつけることはなくなった。
準備体操と体を伸ばし温めながら、盗み見る。男の目から見ても整った御仁だ。ジェーム帝国にも改めて派遣されるほど優秀でもある。
「おう、ベンジャミン、お前相変わらず朝が早いな」
あくびをして入ってきたのは大柄な男だ。あまり拝見する機会がなかったが、その男がオオガミと呼ばれる男だとはっとする。
ぼさぼさの黒髪に無精ひげ、ベンジャミン様よりさらに背が高く、がっしりとした筋肉をしている。前国王の兄だった方を見て、ベンジャミン様の目つきが悪くなる。
「近々、手合わせ願おうと思っていたところです。仕事はひと段落付いたので?」
穏やかな口調だが、既に臨戦態勢をとっていた。
「適度なガス抜きの手伝いにきてやったんだ」
「……それは、気を使わせてしまったようでっ」




