エラが抱える絶望
ユマを探したら、乳幼児用ベッドに同じ目の色をした赤子の人形がこちらを見ていた。
ぞっとして、振り返る。
ユマはどこだとベンジャミンに問いかける。
ベンジャミンの横にいた女が顔を寄せてベンジャミンに耳打ちする。とても親しそうに肩に手を置いて笑う。それに対して、ベンジャミンが腰に手を回していた。
ユマはどこだと怒気を含んだ声でもう一度問う。
ベンジャミンが何かを言って、背を向ける。後ろから赤子の泣き声がして振り返る。人形が口を開けて鳴いている。
「っ……」
目を覚ます。それが夢だとすぐに理解して、目を閉じる。嫌な汗をかいていた。
「……」
体を起こしてしまうと、見ていた夢が溶け出す。ただ残っているのは恐怖だ。そして、思い出す。
ジェーム帝国でオオガミ達が粗相をしていないか報告をさせていた。他国と同じように間者の一人や二人、ジェゼロも各国にもっている。その報告で、あったのだ。ベンジャミンが、特定の女性と親しくしていると。
「……」
夢よりも忘れたいことを思い出す。だいぶと安定したときに受けた報告だ。そうでなかったら、ユマは無事に産めなかったかもしれない。
一度だけで、その後はそういった話は出ていない。何よりも、本人に問いただせない自分がいた。
目を擦ってから、執務室へ出る。ユマを抱っこ紐で抱えたまま書類仕事を済ませているベンジャミンが顔を上げる。
「いかがされました?」
こちらを見て、確かにぱっと表情を明るくしたが、すぐに心配されてしまう。余程ひどい顔をしていたのか。
「……夢見が悪かっただけだ」
隣に腰掛ける。執務机の前に置かれたデスクとソファでベンジャミンが雑務をこなす。なにもずっと一緒にいるわけではない。朝一には稽古にも行っている事や、私が起きる前にその日の予定も調整してくれている。戻って半月経たずにそれまでに滞っていた仕事を片付けてしまった。だいぶ無理をしてくれている。それに、城内警備の管轄や警備兵の教育もこなしている。同じ部屋で仕事をしている間はユマの面倒も完璧に見てくれている。
これはいつもできすぎだ。
ここまでされては、よそで女を作ったからと言って、責める立場にはない。
傾いで、ベンジャミンの肩に頭を置く。
「……」
ベンジャミンの手が止まる。体が強張るのを感じた。
「もう少し、お休みになられますか?」
「……私が抱えていても、こいつは泣き喚くというのに」
ベンジャミンの懐にいる息子を覗き見る。寝ているのかと思ったが、大きな眼でこちらを見ていた。垂れた髪を見つけられ、ふにふにとした手で引っ張られる。それを、ベンジャミンが優しい仕草で離させる。
「私の方が安定感がよいだけかと」
そういい、ふっと視線を上げる。ベンジャミンのその目と自分の視線が合う。
「………」
あからさまに、視線を外してベンジャミンが何もない正面に顔を向けた。それほど、嫌なのかと体を起こして立ち上がる。
「その……」
「近いうちに、城外の公務も入れてくれ。昔見たいに簡単に出歩けないからな。ユマにも外の、自分の国をもっと見せてやりたい」
「かしこまりました。予定を組んでおきます」
昔のように、勝手ができないのは仕方ないことだ。大人になってしまったともいえる。
王として有能な部下を手放せない。それだけならよかった。




