来客の多い日 後
「あー、コモ・バジーか……」
エラ様が微かに嫌そうな顔をする。
色素の薄い髪に青い目の50前の男。ハザキとオオガミの旧知の友人であり、サウラ・ジェゼロ前国王とも親しかったと聞いている。
「ああ、ベンジャミン、久しぶりだね。今日は少し話を伺いたくてね」
キラキラとした目で男が近づいてくる。あまりかかわりがなかった相手だが、周りの人間からして相応の変人である事は想像に容易だ。歴史学者で司書のエユ・バジーよりもジェゼロの歴史書にどっぷりと浸かり、ジェゼロ史に最も詳しい人材だとは認識している。確かオオガミが途中で見つけて一緒に連れて帰ってきたと聞いている。
「話ですか?」
「私でなくそっちなら好きにするといい」
エラ様が投げやりに言う。視線を送ると肩を竦めて説明をしてくださる。
「色々とあっただろう。それに付いて史実として残したいそうだ。できれば残したくないと言っているのに聞きはしない。ある事ない事でいいから、対応してやってくれとハザキに言われてな。史実としても時が経てば大きな事件となるだろうから、残せと……」
エラ様がうんざりしている。事実をありのままに言えと言うのでないところを見れば、適当なつじつま合わせの文章を作っておきたいだけだろう。彼は何だかんだと有力者にコネがある。それに現議会院長のエユ・バジー様の従兄でもある。
「ほとんど一緒にいた君の話を聞ければ、それで十分だよ。ああ、大丈夫。公開文はある程度はぼんやりするから」
「……既に報告書は作成しています。それ以上に何か話す事はありません」
淡々と返すと、妙な動きを返される。はっきり言って気持ち悪い動きだ。
「私らが国を出てから少しして追ってきていたらしい。それで迷子になって国に戻る途中オオガミにあったそうだ。代わりにロミアがどこかへ行ってしまわれたがな……」
エラ様があきれたように言う。ロミア様の行動は誰も制限できない。ご自身の身は守れるだろう。なにせロミア様はオオガミの飼い主になれた奇才だ。身体能力も人の域を超えている。
「サウラ様は300年後でも話題の人となるからと細かく記載していました。エラ様は悪い意味でいい子であられましたので、あまり気にかけていませんでしたが、サウラ様以上に500年語り継がれる大事を成されました。それを事細かに正確に記載せずにいては後世の歴史家に恨み殺されてしまいます」
エラ様をもう一度見るとやっぱり駄目な物を見る目だ。
「もちろん、僕が得た情報は秘匿とし、開示は100年の後としますのでご安心ください。エラ様のご子息様が許可しなかった場合は更に時期を伸ばす事も可能ですので。陛下が御存命の間に問題となる事はありませんので」
オオガミやハザキのように華々しさはないが、あの二人とつるんでいただけあって、重度の変態と言うことは理解した。歴史学の授業で教鞭をとっていた時にはもっと常識人の印象があったが、そもそも、エラ様は後世に残らぬ王と考えていた時点でこれの目は節穴だ。
「一先ずお帰りを。エラ様に休息をとっていただく時間を増やしましたので。急ぎの用でない事のようですから」
強制的に退席願おうとする。
「ああ、それは失礼をいたしました。ではベンジャミンだけでも、ナサナ王の支援理由が曖昧で、是非詳しく」
「コモ。質問項目を文面で出してくれ。いいな」
エラ様が強い語気で言う。それでコモ・バジーがしゅんとなり小さい返事をした後部屋を出た。
嵐が去ってから、エラ様がため息をつく。
「適当に相手をしてやってくれ。話の内容に関しては任せるが……あまり素直に話さなくて構わん」
「かしこまりました」
イライラしている理由は理解できた。コモ・バジーが嫌いなのではなく、国を追われナサナ国とジェーム帝国での出来事は公表できない部分が多すぎる。ジェゼロだけでなく三国の根幹にかかわる事でもある。守秘義務を謳っていても言えない事だ。
二人で旅していた頃が今では夢のようだ。今では儚く消えてしまった。もう二度とあの関係には戻れない。
「あれは、二人の思い出にしておきたいからな」
その言葉を呟くエラ様は、勘違いをさせる顔をされていた。
我が君はいつも違わずに美しい。だが、時折見せる表情には困るほどに心を乱される。立場を弁えず、想いを寄せているのは自分の勝手だ。それをエラ様の枷にしてはならない。
「……子守りに誘拐犯にコモ・バジーか……面倒ばかりだな」
「子守りに関しては他にも候補が来ていますので追々に確認を。それと、少しお休みください。昨日はあまりお休みになれていないでしょう。ユマ様は見ておきますので」
「なんだ、追い返す名目じゃないのか?」
「睡眠を削れない性質である事はよく存じております」
エラ様が困ったように笑う。
「お前の方が余程睡眠時間が少ないのにな。少しだけ頼むとするか」
伸びをしたエラ様が安心しきってユマ様を置いて寝室へ入る。
自分はまだ、信頼だけはあるのだ。それだけで胸が苦しい。無防備に眠るユマ様を見て、愛らしいと思える。だが、心のどこかで憎らしいと、その思いも消せない。




