リセ・ハンミー 後
「ふっぅうぁあ」
また泣きだした赤子に慌ててあやす。母親から急に離れれば当たり前だ。
「……」
試されている。それだけを感じる。それが何かわからない。ただ一つ確かなことは放って帰るわけにはいかないと言うことだ。来る前に一瞬覚悟した無茶な要求は決してこんなことではない。だが、お城の人に任すと言われてしまったからには、何とかしないといけない。何よりも、弟が小さい頃を思い出す。年の離れた弟の世話はよくやっていた。今はもうないぬくもりに少し泣きたくなった。甘い匂いが懐かしくてたまらない。
しばらくして、ようやく泣き止む。直ぐに出てくるかと思ったが、奥の部屋から時折話声はするものの出てくる気配はない。
「……………」
勝手にソファに腰かけて、抱きかかえたまま待機する。腕の中の暖かさと重みを感じる。子供は可愛い。それなのに、彼らは無力な子供にまで何をした? ぐっと感情をこらえる。もう生きるしかないと決めたのだ。
随分経ってから、赤子がまた大泣きし始める。これは装備が準備されていないとダメな奴だ。任せると言われても、限度がある。
立ち上がり、何かの試しだとしても、こんな赤ちゃんを使うなんてどうかしていると奥を覗き込む。ノックをする前に泣き声もあって、すぐさま二人と目が合った。さっきの男性が歩み寄ってくるとやうやうしく赤子を受け取った。
「エラ様、ご空腹のようです」
「お前に赤子の翻訳機能が付いていて本当に助かるな」
その名前を知っている。血の気がさっと引いて手が冷たくなるのを感じた。エラ・ジェゼロ。双子のお二人がジェゼロ国王陛下を何と呼んでいたか。だがその方の為に作っていたのは男物の服だった。王に子が産まれたと言うのは買い出しに行ったときに耳にしていた。唖然としながらもぱっと道筋がつながった。自分は、今し方まで王の子を抱いていたのだ。王の妾ではなく、王御自身が産んだ子を。
「ぁっ、あの……服を頂いて戻ってもよろしいでしょうか」
辛うじてこんな言葉が出た。赤子は国王陛下の羽織の中に隠れて見えない。泣き止んだので乳を与えているのだろう。
「ああ、急にすまないな。少し話があるから入ってくれ」
男言葉で陛下に命じられ、部屋に入る。足が少し震えていた。左右のお二人は、何も言っていなかった。
「私はエラだ。そっちは国王付きをしているベンジャミンだ。リセ・ハンミーだったな」
名を呼ばれ、はっとして首を垂れる。国王を前にしてなんという失礼をしていたのか。
「ああ、よいよい。そうかしこまらないでいい。今日来てもらってのはちょっと頼みがあってな」
頭によぎる。村を焼いた兵が来た時に言ったのだ。国王の名の許、財産の没収と権利全てをはく奪すると。男たちは逆らいどうなったか。
双子の二人はいい人だ。だが城からの仕事は大事だ。売られたのだ。寒くもないのに震えていた。
「今、ユマの子守りがいない状態だ。左右の二人からの推薦があってな。全日ではないが、子守りを手伝ってもらえないか? 食事も出すし、ユマが寝ている時は近くにいてくれれば好きにしていていい」
「は?」
頭から不抜けた空気が漏れるような、間の抜けた声が出てしまった。
「子供の扱いができるとは聞いていたが、ユマは他人の腕では中々寝ないのだがな、まあ試しにやってみてくれ」
思わず顔を上げていた。エラ・ジェゼロ国王は到底母親に見えないほど若く幼さも感じる。だが、はっきりとした優しい笑顔だった。彼女は本当に国の王なのだろうか。
今、ここがジェゼロ国であると気付く。楽園の、神の国の王は、慈悲を知っているのだろうか。
震えは止まっていた。ただ、頭は理解が追いついていなかった。