神子の言葉
エラ様が儀式を終えて朝日とともに戻られる。前国王サウラ・ジェゼロがお隠れになった時に入れていた服を召されていた。神子として神の許へ向かい、人の王として戻った。
ハザキにとって、実子よりも長い時間を過ごしてきた。既に王として認められたとはいえ、やはり感慨深いものがあった。
夜通しの祭りで泥酔した者の危険度の確認に追われていたが、今はバカ騒ぎをしていた者など放って祭壇近くに来ていた。王としての最も重要な仕事だ。それでもエラ様は緊張することなくその場へ向かう。エラ様の稀有なところは大舞台であろうとも緊張をしないところだろう。サウラ様は普段は飄々としていたが儀式などの大舞台は苦手だった。毎度駄々を捏ね、儀式の日は逃げようとするので儀式の時間まで牢にぶちこんだ事もあったか。エラ様が大きくなられてからは、エラ様の目があるので逃げはしなかったが、酷く緊張していた。年に一度の可愛げのある姿だった。
秋祭りの為に舞台から湖まで作られた歩道は人の背丈ほどの高さがある。これとは別に広場の奥に舞台がつくられそこには市民が昇り踊り歌うが、ここは王だけが使う事が出来る場だ。
舞台までたどり着くと、緑の双方が太陽に照らされきらきらと光る。
「神から、我が国の真の姿をきいた。我々は、旧文明の英知を広める水瓶である。急な変化に戸惑うこともあるだろう。だが、我々ジェゼロの民にしかなせぬことだ」
エラ様の声を聞こうと辺りは静まり返る。一度家へ戻っていた者たちも眠い目をこすってやってきていたが、今は身動きする者も少ない。
「そして我がジェゼロ王家の役目は終わる。神の代弁者はもう必要がない。これまで我々を守ってきてくれたことに感謝する」
エラ様の声は不思議とよく通る。その言葉は国民に届きながらも、一様に直ぐに理解が出来なかった。
「エラ様、王様辞めちゃうの?」
子供の声が小さく呟く。静まり返ったその場には十分な声だった。
「それは、私が決められることではないよ。だが、ジェゼロの血を守らなくても災いはもう起きない」
静かにエラ様が返す。
「そんなっ。王は私たちの誇りです」
「我々を見捨てるのですか」
最初の声こそ聞き取れたが、騒ぎ始めると声が混ざり意見が聞こえない。
エラ様は、ジェゼロの王制を撤廃すると言ったのか?
神の許から帰ってきた王は、神の言葉を伝える事がある。新たな法であったり地整の方針の時もあった。それを撤回できるのは同じ神の言葉でだけだ。議会院ですら、この時の言葉には従わなければならない。
喧噪の中、エラ様が右手を掲げる。それに気づいた者たちが、次第に口を噤みだす。十分に静かになってから、エラ様は再び口を開いた。
「私も私の母もその母も、ずっと過去の遺産を皆に伝える日のために国を、神を守ってきた。太陽の呪いが解け、ようやく皆にそれを与える事ができる。それが私の代であったことを誇りに思う」
オーパーツの解禁はまだ全体の公表ごとではない。だが、一部の知識人は知ったことだ。そして、国民も豊かになると噂をしていた。その結果、王が不要になるなど思ってもいない。
「私たちのこの国をどうするか、どう変えるかは、一人ひとりで考え、そして皆で話し合う事だ。話し合い王と言う制度を撤廃してもかまわない。私の話は以上だ」
晴れ晴れとした顔で言うと、軽い調子で舞台から飛び降りた。
道が自然と開かれる。誰も何も声をかける事はなかった。ただその後ろにユマ様を抱えたベンジャミンが追従する。見えなくなってもしばらく沈黙が続いた。
歴代の王に、王の座には着くし次代の王も産むが、王としての務めを放棄すると儀式の後に言い放った者がいたと聞く。だが、王はもう不要になったなどと言ったものはいない。
「みなさん。こちらに」
エラ様が用意された馬車に乗り走り去ったころ、儀式用の舞台とは違う奥の市民用の舞台にエユ・バジー議会院長が昇っていた。
「陛下のお言葉について、今後議会院で詳しく検証をしていきます。その前に言うべきことがあります。私たちジェゼロの国民は、神の国の子として誇りをもっています。同様に、神の使いである陛下に頼ってきました。この国を守るために、歴代の王たちは己の人生を犠牲にしてこられました。だから、私たちはジェゼロ王を尊み、お守りをし、それこそが国民の誉れでした。今一度考えてください。我が国にとって、王とは何なのかを」
エユの声は大きいわけではない。できるだけ遠くに届くように声を張り上げて言っていた。言ったあと、目じりの涙を拭った。
自分がまだ議会院長をしていたら、同じような行動に出られただろうか。
ジェゼロの王は他国のそれとは違う。神と唯一繋がれた存在だ。今は神自身がどこへでも行ける。神にとってジェゼロ王という制度は必要がなくなった。だが、それを守ってきた国民は違う。
ジェゼロにとって王を尊重する事は神を尊むことだ。宗教といっていい。それを急に必要なくなったと言われ、呆然としている自分に気づく。




