新しい距離 後
王位を奪われ、身を守るために逃げた。あの旅がなければ、ベンジャミンを閨にして国王付きを外すか、感情を殺して別の男を閨に呼ぶかで心が荒んでいただろう。
「あまりにも、長くエラ様から離されていたのも一因でしょう」
「次の子の時はつきっきりで見てもらうから、それで許せ」
「……」
何気なく返すとベンジャミンが頬を染める。珍しい反応だった。
「ああ、もちろん種違いの兄弟にするつもりはない」
「ユマ様を産まれてから、エラ様はサウラ様に似てきました」
「あれほど突飛では……」
言いかけて、腹を立てて他国の思惑にいいようにされた。そういう軽率さはともかく、突飛な行動でないとは言えない。
「危険な事はできれば止めてください。特に、私を置いてそのようなことをすることだけは。あなたがいない世界で生きるなどと言う、苦行を課さないでください」
「うーむ……善処する」
畳みものが終わって、ベンジャミンが立ち上がる。
「まだ仕事があるのか?」
「何か片手でつまめる物を用意しようかと」
少し腹は減っていたが、それほど空腹ではない。いや、出されれば食べるが。ベンジャミンのここでの仕事は私を太らす事でもある。
「それよりもこっちに座ったらどうだ」
足はだいぶとよくなっている。触れても痛みはなくなった。だがまだ歩くことは許可されていないので呼びつける。
言われるままにベンジャミンがベッドの傍に腰を下ろした。
身の回りの世話は引き続きされているし、髪を梳いたり体を洗ったりと更に好き勝手をされている。今はそれを許している。
離れた位置に座っているのでこちらから近くによる。近くに着くと頭を預け凭れる。微かに身を強張らせるのを感じる。未だにどこか距離を感じる。むしろ喋ってくれるようになってからの方がそう思う。
「ベンジャミンに甘やかされるのは、嫌いではないが、私とてお前を可愛がってやりたい。幸いにもユマの面倒も見てくれているからそれでできた余裕はお前が独占しても罰は当たらないだろう」
手が割れ物でも扱うようにそっと腰に回る。食事中のユマごとそっと抱き寄せられる。なんでも上手くこなす癖に、動きがどこかぎこちない。
「私からも心掛けるが、私に触れるのをためらう必要はない。許可なく触れる事をベンジャミンには許しているんだ。私に寂しい思いをさせてくれるな」
髪に顔をうずめるベンジャミンが小さくはいと答える。
自分が思うほどにこれは強くないのだろう。誰かに甘える姿を見たことがない。そんなベンジャミンが身を委ねられるとしたら、自分だけだろうしそうであると嬉しい。
「もうじき、城に戻らなければなりません」
「献身的な介護もあったおかげで順調に回復してしまったからな」
「あなたとの取るべき距離をこのままでは忘れてしまう」
そっと更に抱き寄せベンジャミンが呟く。他が思う以上にこれは自分を愛してくれているのだろう。距離などもう必要がないと言うのにそんな心配をする。
「毎日、私の世話をして、ユマの世話をして、共に過ごす義務を与えてやろう。他の者の意見やしがらみなくベンジャミン一人の意見として、それが嫌になったらその口からちゃんと言ってくれ。そうでない限り、解任のない役目だ。お前が口にしない限り、私の傍にいたいと解釈をして、それを違えないように努めよう。私たちの生活は大して変わらない。今までと同じで、普通の家族とは違う形だが、互いを想い合える」
身を委ね、そう返す。
これから、王としての仕事に戻っても、そばにいてくれればなんでもできる気がする。




