泥仕合
水はあまり得意ではないので船に乗って追いかけた。流石に弱点を理解して湖に逃げるあたりは賢かったが、到着するころにはベンジャミンが島の端でオオガミを殺そうとしているところだった。
「ごべっ、マジでわるがっ……ごぼぼ」
足を固めたうえで、ベンジャミンが暴れるオオガミを水死させようとしている。ベンジャミンが本気で殺してもいいと思っているように見える。
「仲直りできたのか? 俺が元はと言えば原因だから、案じていたんだが」
「すみません、今、人を殺すのに忙しっ、ちっ」
話しかけられ一瞬できた隙をついて関節技から抜けたオオガミが立ちあがり臨戦態勢を取る。
「おっ、まえ、今サラが一瞬迎えに来ただろうっ」
「そのままサウラ様から説教されてきた方がいいんじゃないですか? それともこれからキングに蹴り殺されにいきましょうか」
「キングは俺の事も大好きですー。ちょっと一回乗せてもらったからって友達面してんじゃねーぞ」
「ああ? いい加減その年の割にバカみたいなことしかしない顔を見飽きたんですよ。今すぐ死ね」
「これでも今は王様だぞてめぇ」
「代理だろうが。そもそも王を名乗るなら寝ずに働け。てめぇが始めた仕事ほっぽり出して逃げてんなよ」
「ちょっと散歩してただけですー。エラはよくてなんで俺はダメなんだよーぁあ?」
「エラ様はいいに決まってるだろう。馬鹿か。今死ぬ、直ぐに死ね。殺す手間を省け」
ベンジャミン・ハウスがオオガミと喧嘩する姿はジェームでもよくあった。仲がいい兄弟のようだ。ただ、今日はベンジャミンが容赦なくオオガミは引け目があるようだ。
「……」
臨戦態勢だったベンジャミンがふっと視線を変え水辺から上がるとオオガミを無視して島の奥へ入っていく。微かに子供の泣き声がしている。
「どうしたらあれをあそこまで怒らせることができるんだ」
「内容については差し控えさせていただきます。あー、げほっ、本気できやがって」
上がってきたオオガミは左足だけで体重を支えている。
「しばらく逃走は難しくなったな」
「うちの血筋じゃあ精々数日だ。少し筋を違えただけだ」
適当な太い枝を拾い上げ、よたよたとベンジャミンが去った方へ歩いていく。
「お前は大概ベンジャミンに甘いな」
本気を出せば、怪我はしなかったろう。
「いやー、手加減してると思われるかもしれないけど、あいつは俺に対してだけは泥仕合上等で来る上に、仕込んだのは俺だから弱点を把握されてて。むしろあいつが本気になったら今頃水に浮いてる」
この新しい体の調子を見るために二人とは軽く手合わせをした。確かに、ベンジャミンのそれは綺麗すぎたがさっきのあれは実践しか考えられていなかった。
「お前を連れ戻すように言われたんだ。デバガメせずに帰るぞ」
「姪っ子に殺されてない報告してからなー。それで、ハザキの事調べてたみたいだけどどうだったよ。ついでにエラへの危険分子も調べてるんだろ帝王のヤツの依頼で」
馬鹿みたいな男だが、それが装っているだけか、本物かわかりにくい。
「安心しろ、他国に……ジェゼロについて介入する気はない。ただ、何人か帝国から城仕えを紹介したい。毒を盛られるようなことがないようにな。うちのエラ過激派の申し出だ。狩りそびれていたローヴィニエの、アカバの暗殺者を狩っておいてやったんだ。それくらいはいいだろう?」
誘拐犯として捕らえた者は全員じゃなかった。いや、本当にユマの命を奪うように命じられた者が入り込んでいた。帝国の調査隊がひっそりと一人始末した。
「そうやって内部から浸食するのか?」
ジェゼロは平和ボケした国だ。今後はそれを守る策がいるのは確かだった。




