互いの気持ち 後
「だって……」
「私の口からの言葉ですら、信じてくださらないなら、エラ様の信頼がこの口から出たものにないのなら、いっそ噤んでしまった方がいい」
「お前も、私を信じなかっただろう。他に、男を呼ぶような女だと」
ぐっと涙をこらえ言い返される。
「一言でも、私との子と、それこそ、言葉にして言ってはくださらなかった。私は親に捨てられるような人間です。そんな者では釣り合わないことは承知している。だから、自分を信じてやれない」
生きたまま捨てるだけまだましな親だったと言い聞かせてきた。エラ様の役に立つ人材になれば自分には生きる価値があるのだと。だが、エラ様がサウラ様に愛されなかったと思うように、自分も愛されるべき人に愛されなかった根底がある。
「ユマ様を見たとき、あなたのご体調など知らされていなかった。普通ならば、私がいない間に設けた計算になる。あなた以外、真実はわからない。ならば、あなたが、私に言わないで、誰が教えてくれると言うのですか」
ホルーの言葉は衝撃だった。だが、それもまた憶測だ。だから、エラ様の口から、その事実を教えて貰わなければならなかった。でなければ、自分の言葉に意味はない。
「それで、あの後倒れたというのか?」
「あなたが私以外を選んだと思った。私はあなたの考えが全てわかるわけではない。だから、あなたが別の男に抱かれ、子を成したと」
そう思うだけでもぞっとする。もし、エラ様が別の閨を呼んでも、それを殺してでも止めようとするだろう。
「……あなたは、理由も言わずに国王付きまで解任した。何も言わずに一人でユマ様を守ろうとした。私に話す言葉がないなら、エラ様が私の言葉を耳にする必要もないでしょう」
エラ様が涙を零す前に、自分の目頭が熱くなる。頬を伝う無様なそれを手の甲で乱雑に拭い去る。
エラ様がじっとこちらをみる。驚いているのか、呆れているのか、視界が歪んだ今の自分では判別ができない。
酷い我が侭だ。勝手にエラ様の世話をして、押し付ける。もう、愛されている補償などないのに、縋りつく。惨めで情けない。
まだ完治していない足を床につけ、エラ様が立ち上がる。薄皮はできても、まだ薄く体重を支えるほどではない。歩くための筋肉も落ちている。ふらついて、倒れてしまいそうになった体を、咄嗟に抱きとめる。その手が首に回り、ぎゅっと抱き寄せられる。
「すまなかった」
小さい声が耳元で囁く。
「お前には、もう私は必要ないと思った。だから、そばに置いては私の気持ちを押し付けてしまう。お前に愛されないまま傍にいられるほど強くない。聞く事すら怖かった」
「あなたと共に旅までしたというのに」
「子を産んだら浮気をされると聞いた」
「それはただの屑か馬鹿の話です。あなたの中で新しい命が育つ様を、日々見たかった」
「もどってきて、一度も触れようとしなかった」
「もう、権利がないと思ったからです。それに、閨は呼ばれるまで入れない」
「あんな恥ずかしいことを、私からそうそう求められるわけがないだろうっ」
ぎゅっと首を絞めるように強く抱き寄せられる。首筋からエラ様の甘いにおいがする。
「では、私が求めるときに、部屋に入ってもいいのですね」
これ以上足を痛めないよう、そっと抱き上げベッドへお戻しする。
「前、みたいなのは、少し恥ずかしい」
ダメだ。頭が馬鹿になる。目を潤ませ頬を染めるお顔は、あまりにも下半身に悪い。いま、ここに、自分を止める者がいないと気づく。
許可を求めず、口づけを、
「ちょっと匿えっ。あ」
ノックもなしに開けたドアの前に、びしょ濡れのオオガミが立っていた。
「エラ様、人を一人殺してきます。直ぐに戻ります」
一言だけ言い既に走って逃げたオオガミの後を追う。腕の骨では奴の仕事に支障が出るだろう。だから片足を折ろう。大腿は寝たきりになる恐れがあるので足首か足だ。




