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国王陛下育児中につき、騎士は絶望の淵に立たされた。  作者: 笹色 恵
~国王の自戒~

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互いの気持ち 前

 風が肌寒くなってきた。ここに留まれる期間はもう短い。

 あれからエラ様に対して声を出していない。このままでもエラ様のお世話は十分できる。むしろ、このままの方がいいのかもしれない。

 ぐずっていたユマ様が腕の中で眠る。日に日に大きくなるお姿に幸福を感じる。ハウスで子供をあやさせられていた時、役に立つならば程度しか考えていなかった。可愛くないわけではなかったが、こんなにも愛しいものは感じなかった。

 赤子用のベッドにそっと下ろす。少しコツがいるが、大抵うまくいく。柔らかく握った両手がとても小さい。思わず、笑みがこぼれる。

「ベンジャミン」

 名前を呼ばれて視線を向ける。ベッドの上で座ったエラ様がこちらを見上げている。サウラ様に、どうすればこれだけ愛らしく育てられるのか聞いておくべきだったと思い、あの方はさして教育にかかわっていなかったのを思い出す。

 少しずつ体重がもどっている。医師としてのベリル様の指示でエラ様の運動も欠かさせていない。お顔色もいい。熱の所為でぱさついた髪も念入りに手入れを施し本来の美しさを取り戻し、今では輝く黒だ。

 以前エユ様が見舞いに来られた時、お帰りの際に同情した顔であなたは昔から我慢強い子でしたねと言われた。確かにそうだが、今こうして、エラ様のお傍で役に立てることはとても幸福な時間だ。よくエユ様やハザキが許してくれたと思う。全員がエラ様の軽率な行動に随分と心配させられたのもあるだろう。それに、トウマ・ジェゼロに国政をさせる意図も。あの人は短期雇用が一番向いている。

「ベンジャミン」

 もう一度名を呼ばれ、体もそちらに向ける。子供が親に叱られたが、何故か解らずに困っているような、迷子にでもなったような不安げな目が見上げてくる。この可愛い生き物はなんだろう。

「私とは、話す事すら疎ましいのか?」

 ダイア・アカバの行動は許せるものではない。だが、籠に入れて閉じ込めておきたい気持ちはわかる。現に、歩けないのをいいことにそうしている。

「私は、お前と違って、人の考えなど読めぬ。だから、喋ってくれないと、お前が何を考えているのかわからない。私を嫌いならばそう言えばいい。でないと、私は勘違いをしてしまう」

 エラ様は恐ろしく強い一面とあまりにも脆いお心を持っている。心身への暴力に対しては強く屈しない。だというのに、柔らかく包めば壊れてしまう。

「言いたい事があるなら、ちゃんと、私に言ってくれ」

 抱きしめてしまいたい。だが、自分はもうその立場にはない。

「……このまま、城に戻ったら……私はお前以外を閨に入れねばならないのか? ユマと一緒に、好きでもない男の子供を育てなくてはならないのか? そんなくらいなら、もう、国王になど戻りたくはない。ユマだけでいい」

 ここまでエラ様に言わせてもなお、まだ口は開けない。

「私は他に閨など入れていない。ユマは、お前との子供なのにっ」

 エラ様の口から、ようやくその言葉が聞けた。

「私が口を開いたところで信じてくださらないのなら、舌などない方がましです」

 うるんだ瞳が、言葉を返されて驚いたように揺れる。はじめから決めていた。エラ様の口から、ちゃんと教えてくださるのを。自分が吐いた言葉はどれだけ勝手かも理解している。

「お前の方が、勝手にユマを別の男との子だと勘違いをしたのだろう。私を信じなかったのは、お前が先だっ」

 その言葉は弱々しく、今にも涙があふれそうだった。

「私は帝国で別に女を作ったことも、気休めに行為に及んだこともありません。私のあなたへの忠誠心が、想いが、他の安い男の気持ちと同じにされるなど、心外でしかない」

 エラ様の事だ、別に女ができたなら、それと夫婦になった方が幸せだとでも考えられたのだろう。確かに結婚には憧れる。血の繋がらないものを縛れるのだ。だが、それはエラ様に対して憧れるだけだ。他では価値がない。


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