ジェゼロへ 中
包帯をゆっくりとはがす。水膨れが全て潰れたような酷い状態だった。もしも倒れていたら、大火傷を負っていただろう。今思い出してもぞっとする。縄を切るための手の傷はもう塞がり手当の必要はなくなった。エラ様に結局助けられてしまった。情けなくて騎士の称号など返上したい。
「私ばかりでは不公平だ。お前の傷も治っていないのだろう」
包帯を取ってからあらためて手を清める。ガーゼを剥がすときにエラ様が声を上げないように身を竦める。それに無反応を決め込む。桶の水で足を丁寧に清め、軟膏を塗ってガーゼを貼り包帯を巻く。左の足も同じ手順で行う。
いっそ、一生歩けなければと心の隅で悪魔が言う。どんなエラ様でも愛せる。だが、エラ様は健康で幸せであるべきだ。
「背中の傷は大丈夫なのか?」
「多少痛む程度だろう。心得のある嗜虐趣味だったんだろうな」
ベリル様が代わりに言う。それでも不服そうな目が見てくる。実際、まだ疼くが死にはしない怪我だ。エラ様に比べればこんな罰では軽すぎるとすら思う。
替えの服はエラ様の体調回復を待つ間に帝国の者が調達してきた。着替えのそれらをエラ様の座るベッドに並べる。手の怪我が治らぬ内はある程度お手伝いをしていたが、もう立たずに着替えるのに慣れてしまわれた。窓にかけられたカーテンを閉め、前の座席に移動してからその間のカーテンも閉めた。
「大概頑固だな」
「何のことでしょう」
ロミア様が直された神官様は少しだけだがオオガミに似ている。いや、あれに比べて随分と行動はまともだ。今の神官様の自分への冷やかしは、オオガミの自分に対する扱いをみられた結果と言えるのかもしれない。
「ようやくここに来られたな」
「神殿に籠る前に来たことはなかったので?」
「ああ、あの時は色々と大変だったからな。自分の役割をこなすだけで手いっぱいだった。こっちはロミアが担当していたからわざわざ確認する必要もなかった」
この自動車もそうだが、旧文明の技術を直ぐに再現できるように、それも長い月日の後を考えてとは、昔の者は今の人とは随分と違う。
「結局、ローヴィニエの地下にあったモノはなんだったのですか」
一度聞いてはぐらかされた。もう一度だけ問う。
「オーパーツよりもよっぽど便利で危険な過去の遺産だな。あの通り、毒性のある薬品も入っているから、扱いが難しい上、人道に反するものだ。平和の象徴たるジェゼロには関係がない物だ」
「そうおっしゃるなら、ジェゼロに厄災が降りかからぬようにして頂きたい」
「ジェゼロの血はマーカーとしても便利だからな」
所詮は人の形を模していても神だ。人の願いなど禄に聞かない。
城の麓で兵に止められる。それに対して声をかけ上へそのまま上る。急斜面は苦手らしい。自動車が一度嫌な音を立てて止まった。




