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国王陛下育児中につき、騎士は絶望の淵に立たされた。  作者: 笹色 恵
~騎士の帰国~

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王の慈悲



 今回の失態は自分の責任でもある。散々サウラ・ジェゼロに実験体にされたのだから、食べ物には注意を怠ってはならない事を忘れるべきではなかった。ハザキは自分の立場も考慮すれば尚の事失態を悔やんでいた。

 エラ様が昼を過ぎてから城の厨房へ向かうのに帯同する。その間ベンジャミンはユマ様と共に待機させている。

 ジェゼロの城は他国に比べればとても小さい。湖に面した切り立った崖と後ろには急勾配の坂がある。城壁の外には馬小屋もあり、城壁内だけとなればさらに狭い。国王の住む城と呼ばれる屋敷と、別の建物としていくつかある。その一つが厨房だ。午前中は毒物混入経路を捜査するために調査が入った。今は厨房の人員が揃っている。

 ドアを開ける。エラ様が入ると完全に静まり返る。

 エラ・ジェゼロ国王陛下は王には向かないと言われてきた。その程度の陰口は前王サウラ様に対するものを思えば可愛い物だ。それに、今のエラ様にそう言う者は情報が古い。

「まず、話は私からだ」

 厨房長のノイマス・バンリーが慌てて立ち上がるが口を開く前にエラ様が手を上げ遮った。

「私は、城で食べる食事は世界で一番だと思っている。そして、どこよりも安全だと」

 エラ様は堂々とした立ち居振る舞いだ。他国ならば全員が死刑になっても可笑しくはない。本人たちだけでなく親類含めて。それだけ重大な事だ。

「こ、今回の責任は、全て私の不徳の致すところにあります……ど、どうか」

 震えるノイマスの言葉に他の厨房の料理人らも緊張している。

 4人の男性料理人と10人の女性からなる。女性は料理を担当する者もいるが給仕や清掃など城内のもろもろも担当している。兵よりも余程重要な城の要だ。

「ここにいる者たちは、私の家族だ。その家族たち一人ひとりをよく知っている。家族を大事にする者だとも知っている。だから、私も同じように家族を大事にしたい」

 ゆっくりと息をつく。陛下は優しすぎる。だが、それが彼女の魅力でもある。

「だが二度目はない。しばらくは兵が鬱陶しいだろうが互いのためと我慢をして欲しい。ただ一つ言っておく。ジェゼロでは誰の子であろうと子供に対する危害は重罪だ。二度目はない。いいな」

 もし、ユマ様に何かあれば、流石にエラ様もこれほど寛容ではなかったろう。

「あ、ありがとうございます……」

 深々と頭を下げる。エラ様は周りをぐるりと見た。実際、全員の名をエラ様は言えるだろう。倒れていた婦人は体調不良を押してここに来ていた。涙を流してすすり泣いている。

「また、ユマの子守りを頼む機会もあるだろう。親としては足らぬところも多い。また色々と教えてくれ」

 優しく言うと、声を押えられずに更にむせび泣いていた。預かっていた子供が死にかけたのだから当たり前だ。

「陛下」

 後ろから声をかける。長居させても威厳が陰る。

「ああ……すまないがもう失礼する」

 もう一度一同が深く首を垂れる。陛下が出てからハザキは留まり、鋭い視線を向ける。

「エラ様にとって、国は家族だ。それを処罰させるようなことはするな。話があればいつでもくるといい」

 王が優しいならば他が厳しく接しなくてはならない。ベンジャミンでもこの役は務まるが、今回の失態は自分にもある。

「二度とこのような事がなきようにいたします」

 答えを聞いてから部屋を出た。2度目が万に一つあれば、全員の解雇は止む無しだ。エラ様が弁護しようとも議会院が許さない。

「今日は左右の二人が来るらしくてな。何でも急ぎの用らしい」

 外で待たれていた陛下が、城に入ると暢気にそんなことを言う。

「ユマ様の子守りですが、こちらでもよい人物を選定しておきましょう。それに警護も複数でおつけしますので」

「まあ、ずっとベンジャミンに抱えさせておくわけにもいかんからな」

 ため息交じりに言う。

 シスターの解任理由は聞いている。正式に父親は公表できないうえ、妊娠期を考えていらぬ噂も立っている。エラ様はあれ以外を閨にしないだろうとよく理解している身としては馬鹿な話をしたものだと、解任に理解を示すしかない。何よりも王に対してあまりにも無礼だ。

 城に戻り、執務室へ見送る。議会院が開かれている間に窓の交換と鍵の付け替えが行われていた。廊下で例の双子が待っているのが見えた。中にはベンジャミンとユマ様、それと警護が二人いるはずだが王の許可がなければ室内へは入れないので待たされていたのだろう。

「左右。今日はどうした? 採寸は先日しただろう」

「本日はベンジャミン様の採寸にございます」

「それにユマ様のおくるみも」

 兵がドアを開け、先に確認してから陛下を中へ案内する。許可が出た左右も話しながら中へ入る。

 今では陛下の正装だけでなく普段着もこの双子が担当している。服装に対して興味を持たれない陛下だが、威厳を維持するためにもよきもので且つ華美でない物を召してもらいたいので口出しはしない。そもそも自分のセンスも酷いとサウラ様と妻たちからよく罵られている。

 執務室の応接席と言う名のベンジャミンの仕事机でそれがいつものように書類仕事をこなしている。ソファのすぐ横にはすやすやと寝息を立てるユマ様がいる。

「先ほど眠られたばかりです」

 ベンジャミンが人差し指を立てて小さく注意する。それにエラ様が微笑み返している。久しく見る安らいだ表情だ。あれがいない間、エラ様がお疲れになっているのを見ていた。精神的にもそうだが、あれの仕事量と正確さ、なによりもエラ様の負担軽減に関しては右に出る者はない。

「ではベンジャミン様、あちらのお部屋でどうぞ、採寸を」

 二人で見事にハモリ、小声で言う。

「何、寝付きは悪いが、一度寝たらしばらく起きんぞ。安心しろ、お前がセクハラされないか見ておいてやるさ」

「私はこれで」

 楽しそうなエラ様を置いて頭を下げ退席する。

 ベンジャミンに引き継ぎ、エラ様の身辺警護の仕事は終わりだ。

「さあ、ベンジャミン様、上着を脱いでいただきますよ」

「は?」

 ドアの隙間からベンジャミン声が聞こえたが、無視しよう。式典用正装の採寸のためだと議会員は全員身ぐるみをはがされて採寸をされている。それがナサナ国の一般かは知らぬが、屈辱的であることは変わりない。それに、女が集まると姦しくて居心地が悪いのだ。



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