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国王陛下育児中につき、騎士は絶望の淵に立たされた。  作者: 笹色 恵
~騎士の帰国~
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騎士の絶望

『国王陛下、只今逃亡中につき、騎士は弱みに付け込んだ』https://ncode.syosetu.com/n0282fe/

の続編です。先の話を読んでいないと人物紹介などが不十分と感じる可能性があります。


エラ・ジェゼロ:十四代目ジェゼロ国王。正式な王となる儀式で問題が起き、国を追われた。他国の助けを借り復権を果たした。

ベンジャミン・ハウス:森に捨てられていた孤児。国を追われたエラを助け共に旅をしていた。頭がよく任務の為にしばらく帝国を離れていた。忠誠心と親愛を超えたものを主君に感じている。


エユ・バジー:現議会院議長の女性。前国王サウラ・ジェゼロの良き友でもあった。

ハザキ・シューセイ:元議会院長だったが現在は他国との交渉など外交を任されている。前国王とその兄には振り回されてきた。武術に長け、医師でもある。

トウマ・オオガミ:エラの伯父でトウマ・ジェゼロの名を捨て森で暮らしていたが、現在はオーパーツ関連を仕事にしている。変わり者だが昔は次期王にと言われるほどの秀才美男子だった。


ユマ・ジェゼロ:エラ・ジェゼロの第一子の男児。父親は不明とされている。



ジェゼロの神と国:旧文明の影響から他国からも信仰の対象になっている。

ジェーム帝国:現在の世界で最も国土と人口を誇る大国。侵略と併合で国を巨大化させた。

ナサナ国:ジェゼロの隣国。文化が華やか。旧文明から今までに一度国名が変わった。

ローヴィニエ公国:ジェゼロとは直接接していないが比較的隣国。ナサナとは境界で常に諍いがある。三公爵が順番に国を治める仕組みを持つ。

 太陽が三つになる。

 それが今の時代を作り上げた原因であり、最初の厄災の予言だった。




 馬で山を駆け抜ける。ようやく帰郷の許可が下りたのだ、あと一日も待ってはいられない。狼の森を抜けて、ジェゼロが誇る水瓶に行き着いた。見上げれば、湖の先、切り立った崖の上には変わらずにジェゼロ城が聳え立っている。我が愛しの国王陛下が居を置くそこに、ようやく戻ることができる。

 気持ちがはやる所為か。ジェゼロは妙に浮足立って見えた。春の祭りは2月ほど前だ。ジェゼロは秋祭りが大きな政で春の祭りはここまでは引きずる物ではない。陛下の復権や三国同盟ももう一年前の事。後で戻るロミア様やオオガミの帰郷に際しての歓迎か。

 国境の検問所で下級兵は何か言いたげな、にま付いた顔をしていた。検問長は深々と頭を下げていたのも気にかかる。

 理由は陛下のお顔を見てから伺えばよい事。今は一時でも早くお会いしたい。

 ジェーム帝国の馬は既にへたり気味だが、後ひとっ走りで城に着く。湖を迂回して、城へ続く坂を急ぐ。急高配に合わせて馬の上で前傾姿勢を取りながら、見上げた城はあまりにも懐かしい。胸の高鳴りが痛いほどだ。ああ、どのような顔をしてお会いすればいいのか、どのような顔をしてお会いしてくださるのか。

 ジェゼロ城の城壁脇にある馬小屋へ入ると馬番のホルー・ハザキが陛下の愛馬キングの世話をしていた。キングはこちらを見るなり嫌そうに鼻を鳴らすが、横のホルーも何か妙なものを見る顔でこちらを見返していた。

「お前、予定じゃまだ一週間先じゃ」

「馬を飛ばして戻った。オオガミ達はその程度で戻るだろう」

 ここまで走った馬を馬場へ入れ手綱を外す。

「何か祝い事でもあったか?」

「それにしても、十月ぶりか」

「322日だ。陛下は城に?」

 話を逸らしたことに何かあると感じる。

「お前が戻ったら先に議会院長の処に来いって。大事な話があるからってさ」

「ああ、陛下にご挨拶をしてから向かう」

「ちょっ、おいっ」

 後ろからの声を無視して、城門を抜ける。長く留守にしていたとはいえ、門番に止められることはなかった。城の前で見上げれば陛下の執務室の窓からカーテンが揺らめてい見えた。風に乗ってほのかに甘い香りがする。ジェゼロの神やジェーム帝国の神官や帝王よりも、我が君は私の心を支配する。これほど長くかの方の傍を離れて正気を保てていた事が不思議でならない。

 城の中は依然と変わらず、簡素な美を追求している。兵が談笑しているのは気が緩んでいる証拠か、一度城内警備の者には指導が必要か。こちらを見て、それらが慌てて背筋を伸ばす。今は彼らに注意をする場ではない。早々に陛下のお部屋へ足を向ける。階段を上った先にある国王陛下が日々の執務場と寝室に続く扉の前に着く。その戸の前の兵がこちらを見てホルーと同じく驚いた顔をしていた。

「ベンジャミン様、お早いお戻りですね」

「ああ、陛下は中に?」

「あ、はい。ですが」

 続きを聞かずにドアを開け、中へ入る。ノックもなしに開けたものだから、中にいた婦人が目を丸くしてこちらを見た後目を細めて睨んでくる。

「相変わらず、礼儀というものを知らぬようですね、ベンジャミン・ハウス」

 窓辺に椅子を置き、編み物をしていたシスター・ハシィがぴしゃりと言う。彼女には孤児院たるハウスで随分と叱られた。その人が国王の応接室で暢気に編み物をしている意味が知れず眉根を寄せる。

「あなたがどうしてこちらに?」

「その様子なら、まだバジー議長の所へ行っていませんね。そちらに顔を出してから出直しなさい。陛下は今あなたに会えるほどお暇ではありませんよ」

 編み物を再開し、変わらぬ高圧的な態度で命じられる。

「どうしてあなたがこちらに?」

「お世話役を。エラ様に対して萎縮せずにお仕えできる者は多くありませんから」

 レース編みを乱れずに行いながら返される。エラ様の身の回りの世話は既にいたはずだ。暢気に編み物をする者を置く必要はない。執務室に入る前に、猫の鳴き声が聞こえる。

「さあさ、出てお行きなさい」

 それまでとは変わり、立ち上がったシスター・ハシィが物理的に追い立ててくる。おかしい。やはり何かあったのだ。強行突破してでも陛下の執務室へ入ろうと決めたとき、その執務室から人が出てくる。猫が癇癪を起こしたような鳴き声が一層大きくなった。

「ハシィ、すまないがまた……」

 出てきたエラ・ジェゼロ国王陛下がこちらを見て言葉の先を切った。静かな場に、鳴き声だけが響く。

 美しい黒髪に如何なる宝石よりも美しい翠玉の瞳。変わらずに神々しいお姿だが、明らかに痩せて筋肉も落ちていた。そして……腕の中には小さな赤子を抱えている。

 この声が、嬰児の泣き声だと理解するのに時間を要した。

 理性が、まだ確定するには早いという。本能が、このまま窓から飛び降りろと囁く。

「ベンジャミン、私に会うために急いてきたな?」

 エラ様が苦笑いのように困った顔で漏らす。

「エラ様……その、そちらの……」

 ほんの一瞬で口が乾ききってまともに言葉も紡げなくなっていた。

「ああ、ユマだ」

 ジェゼロにおいて、王の子の末尾には決まった字を当てる。男児にはマを、次期王になる女児にはラが付く。ジェゼロ国内では現王の、エラ様の子供にしか付かぬ名がついている。そして、自分が去ったのはそう……300日は前だ。子が生まれるのには日がかかる。だが、300日はかからない。その意味が頭に回る。自分が国を離れた後に授かったのだと、その計算に吐き気がして今にも内臓を口から出してしまいそうだった。

「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「その……旅の疲れが出ているようです。後ほど、詳しい報告を」

 足がふらついて、目の前が暗くなる。吐き気がしていた。それだけ言って、逃げるように部屋を出ていた。

「おい、顔色やばいぞ」

 声をかけられて薄暗い視界に馬小屋が見えた。どうやってここまで来たのかすら思い出せない。いや、ここまでよく耐えた。

 内から込み上げる物を物理的に吐き出していた。吐瀉物に倒れこまなかったのは図体ばかりでかいホルーに支えられたかららしい。

「だから、先に議長の所に」

 小言が聞こえる。全て聞ききるよりも先に視界が暗くなる。ダメだ、闇に抗えない。




ぼちぼちupしていきます。

まだ前作を読まれていない方は気が向かれたら呼んでみてください。長いので暇つぶしにはなります。


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