地獄の始まり
目の前で勢いよく液体が飛び散り、体や頬に生暖かい感触を感じる。
もう自分では何が起こっているのか理解できていない。
ただ、目の前で自分を庇うように立っていたはずの鎧を着た男が、背中から異形の手が突き出てきたと思ったら、そのまま体が浮き上がり横に薙ぎ払われたのは事実だ。
ガシャッと大きな音を立てて横に投げられた男のほうを向くと、口から血を噴き出して目がうつろになっていく瞬間を目の当たりにする。
人が息絶える瞬間を見てしまった。唐突に吐き気が襲い、慌てて両手で口を押え、目を逸らそうと正面を向くと、そこには全身紫苑色の異形な生物が口から液体を垂らし、激しい息遣いでこちらを見ていた。
「うっ...やめっ...やめてくれ!....」
自分もさっきみたいに殺されることを悟り、逃げようとするが腰が抜けて尻もちをついてしまい、声も裏返っている。それでも必死に這いつくばりながら後ろに下がるが、壁にぶつかってしまった。
異形の生物はゆっくりと近づき、右腕を振りかざす。
もう終わった。このまま殺される。
突き出される腕に対して、反射的に腕でガードをする。
.....ドサッ。
急に覆いかぶさるような重さに襲われたので、目を開けてみると、自分を殺そうとしていたはずの生物の上半身が覆いかぶさっていた。
「うわあぁぁぁっ!」
あまりの気持ち悪い見た目と、急に目の前にいることに驚き、反射的に横に飛び跳ね、異形の生物の上半身を蹴り飛ばす。
「はぁ....これだからアバドンは嫌なんだ。能無しが。」
声のほうを向くと、さっきまで異形の生物が立っていたところに、誰もが目を釘付けにしてしまうほどのとてもきれいな女性が立っていた。
しかし、何か違和感を感じる。容姿は腰までまっすぐ伸びた淡い栗色の髪で、耳が少し尖っているが、顔が整っていて、まさに絶世の美女だ。さらに胸も大きい谷間ができるほどある。
服装は黒が基調で所々に紅が混じっていて、鳥のふさふさした羽根を生地にした様な服で、長い脚と胸元が大胆に露出しているのでとてもセクシーだ。
自分が感じた違和感がどうしても引っかかってしまうが、何がおかしいんだと言われたら答えられない。
ただ助けてもらったのは事実だ。このまま見つめていたら失礼だし、お礼を言わなければ。
「あ、あの..助けてくれて、ありがとうございます。」
やばい、声が裏返っているし、超震えてる。めちゃくちゃ恥ずかしいな。そもそも助けてもらっている時点でカッコつけようがないな。
とりあえず名前を聞いて今の状況を説明してもらわないと。
「あ、ええぇっと、名前をうかがって」
「お前が召喚された者か?」
「えっ、あ、はい。たぶん...そうです。」
声の裏返りと震えが止まらない。女性相手に緊張しているのか?いや、さっきまで殺されるところだったんだ。仕方ない。
うん?違和感に少し気づいた気がするぞ。そもそもなんでこの人はこんな服を着ているんだ?女兵士であってもせめて鎧とかを着るだろう。まぁいいか。セクシーだし。
でもさっきからこの沈黙はなんだ?見つめあっているのも微妙に気まずいし、さっきからオレの思考が止まらないんだけど。
「あ、あの。今の状況って....」
「そうか、分かった。」
っと言われた瞬間に顎に強烈な痛みが走り、視界がぐるぐる回り始めた。
もう何が何だかわからない状態で意識が遠のくのを感じていると、何かを命令している声が聞こえた。
「こいつを連れていく。運び出せ!絶対に殺すんじゃないぞ!」
そう聞こえてから完全に気を失ってしまった。