怒れる者達
次で主人公目線に戻ります。
「あなた名前は?」
「……名前はありません。奴隷になると名前を無くすので」
奴隷は名前を名乗ってはいけない。
というよりも名乗る名前すら魔法で奪われるので自分の名前を知らないのである。
「ふ~ん、そう、なら今度お父様に付けてもらいなさい。名前がないのは不便だわ」
「……はい」
少女は言われたことに答えるだけでずっと俯いている。
まぁそれも仕方がないことだろう。
シアに買われたことで最後の希望である脱出は不可能になりなおかつシアの命令には逆らえなくなったのだから。
奴隷は主人の命令には絶対に逆らえない。
奴隷になると左の肩甲骨の辺りに黒い紋様を植え付けられる。
奴隷紋と呼ばれるこの紋様は対応するの単語を口に出すと心臓に向かって魔力が流れる仕組みになっている。
その魔力は心臓を刺激し激痛を与えるらしい。
さらに首に付けてる首輪のせいで命令拒否すらできない。
命令に逆らうと首輪が探知して首輪が締まるようになっている。
さらには悪意にも反応する。
二重の脱出不可能な枷。
この状況で希望などどう見いだせばいいと言うのか。
まぁだからこそ主人が決まる前に脱出しようとしていたのだろう。
それももう遅い。
主人が決まった今許可なく魔法を使えばどうなることか。
確実に悪意に反応して首を締めることだろう。
だからなるべく静かに、主人であるシアの意識に入らないように行動している。
それにシアは気づいていながら逆らわないなら楽でいいなんて思いながら屋敷に向かって歩いている。
「……おかえりお姉ちゃん。それは?」
予想以上に大きい屋敷に戦々恐々としている奴隷の少女が最初に聞いた言葉がそれだった。
もう既に少女を人間として見ていない。
実はフロンはシアが出かけている間に仕事をしていた。
魔界草を撒くのにちょうどいい場所を探したり領主の息子から色々と話を聞いてその内容をまとめていたりするのだ。
そしてようやく帰ってきたと思ったら知らない人間の少女を連れて帰ってきたのだ。
不機嫌になるのは仕方がない。
「まぁそう言わないの。彼女は魔法の才能があったから連れてきたのよ。この後お父様に渡すつもり」
「……お父様が要らないって言ったら?」
「私達が貰いましょう? きっといい血液袋になると思うわ」
「ならいいや。なら血はまだ吸ってないの?」
「当然でしょう? お父様に差し上げる物に私達が手をつけていいわけないじゃない」
自分の理解が及ばない会話に奴隷の少女は震える。
血を使うということは何らかの儀式なのだろうか?
では自分は生贄として買われた?
あまりしたくもない想像が頭の中を巡る。
顔を青ざめて今すぐここを離れたい衝動に駆られるが奴隷として刻まれた本能が逃げ出すことを許さない。
「……そろそろ血を吸っておかないとね」
「そうねぇ、でも不味い血は嫌よ?」
「私も嫌、私達は作られたばっかりだからまだ大丈夫だけどそろそろ血を蓄えておかないと」
「……じゃあ今日の内に獲物を探しましょうか。どのくらいの人間が美味しいのかしらねぇ」
「子供の血とかどう?」
「あらいいわね。この近くにいたかしら?」
少女は恐ろしい会話に身を震わせて部屋の隅に立つ。
まぁ吸血鬼の存在を知らない少女からすればこの会話は恐怖でしかないだろう。
「じゃあシャドウキャットに逢いに行くわよ。準備して」
「分かった。こっちのやつは?」
フロンが少女を指さして言う。
それにシアは少し考えるような素振りを見せるとニッコリ笑って言い放つ。
「連れて行きましょう。初めて会うのがシャドウキャットなら問題はないと思うわ。今のうちに慣れてもらわないと困るだろうしね」
「それもそうだね」
シアが少女に近づいていき手を掴む。
そして次の瞬間には霧になる。
その部屋に生物の気配は無かった。
次に少女が気づいた時には人通りの一切ない光の届きにくい裏路地の中だった。
「え?」
「驚くのも無理はないけどちゃんと見ておきなさい。あれが影の猫、シャドウキャットよ」
シアの言葉に慌ててシアの視線の先を見ると暗がりに一匹の黒猫がいることが分かる。
その猫は少女をじっと見つめるとすぐに視線を外し、シア達を軽く睨んでいるように見える。
そして不思議なことに黒猫の輪郭がぼやけて黒いモヤを纏っているように見える。
「何のつもりだ? 人間の娘など連れてきて」
猫が喋った。
少女は今度こそ驚きで声も出ない。
その場で石になったかのように固まってしまった。
少女の常識では猫は喋らない。
いや、ダンジョンに所属するもの以外は皆猫は喋らないというのが常識なのだ。
誰が見てもこの光景には驚く。
「お父様に差し上げようと思ったのよ。これでもこの子魔法が使えるのよ?」
「ほぅ? 確かにそれなら我が主もお喜びになられるだろう」
黒猫からまるで値踏みをされるような視線を向けられ少女は思わず身をよじる。
そしてふんっと鼻を鳴らしてシアとフロンの前に座る。
「では情報を伝えよう。……この国はもう駄目だな」
「あらどうして?」
「この国の王が病気で今にも死にそうらしい。そして次の王を決められずにいる」
「王が決められない? どういうこと?」
「王子はどれも優秀らしくてな、誰が王になっても安心だと言われている」
「なのに国がもう駄目?」
「どの王子も国土を広げようと森を切り拓くつもりのようだ。当然我らが許しはしないがな」
牙をむいて獰猛に笑う。
そしてそれはシアとフロンも同じだった。
どちらもその瞳を真っ赤に輝かせて深い怒りを示していた。
「……お父様に報告しに行くわ。フロンとシャドウキャットは待機していて」
「了解だ、だが忘れるな? 我はやつらを許す気など毛頭ないぞ?」
「私も同じ。あの森は私達にとっては聖域のようなものそれを切り拓くだなんて……許してはおけない」
「えぇ私も同じ気持ちよ。だからもう少し待っていなさい。……殺戮の準備もしっかりね?」
ゆらりと笑う彼らに怯えきる少女はこの後心の底から安堵する。
こちら側につくことができて本当によかったと。
これより統一王国の歴史は膜を閉じる。
そして世界で最初の悲劇が開演する。
最近ボカロを聴きながら小説書くのにハマってますw
明日もこの時間に投稿しますw