盗み聞きは悪い事 ①
轟々と街が燃える。
“最果ての迷宮”の100階層に、幹部達を集めている。絶叫が上がり、神を崇める声と共に剣を振り下ろす。どうやらこれは宗教戦争の一環らしい。緑の生地に、2本の樹が刺繍された旗を掲げた宗教家達は、次々と人間達を殺していく。
俺達は今度責める予定の村を遠見の水晶で偵察していたところ、【シャルシャート】で大規模な戦闘を観測できた。この遠見の水晶は音声も拾えるので、情報収集もできる。情報収集はこっちでやれば、シャドウキャットに別の仕事を与えられる。
『我らが神に栄光をォ!』
『異教徒を吊るせ! 生贄として捧げるのだ!』
『おぉ神よ、我らの忠誠をご覧あれ!』
なんつーかカルト感が強いな。やべぇ奴らだな、うん。
というか旗を見るに、樹が関係する奴らなのか? 樹と言えば、俺とフロンが作った吸血樹と死霊樹ぐらいしか思いつかないんだけど、でもあれが関わる宗教ってありえんのか? あれって人間を殺すための平気みたいなとこあるからな、それを崇拝するような宗教はイカれたカルトぐらいしか……やっぱりカルトじゃないか。
ちょっとコイツら詳しく調べよう。情報が欲しい。
「シア」
「はい、お父様」
「確かお前に眷属がいたよな?」
「えぇ、いるわね。コイツらの調査に向かわせるの?」
「前に作った下位吸血鬼を補佐につける。それで足りるだろ?」
「もちろん、ギンだけでも十分だと思うけど、保険は必要だものね」
「まぁそういう事だ。セスタ!」
「はっ! ここに居ります」
セスタとは、この間までエルドを監視する仕事を任せていた下位吸血鬼に付けた名前である。あの後約束通り、名前を付けてやったら、凄く喜んでた。
「シアの眷属、ギンの指揮下に着いて、あのカルト集団を監視しろ」
「はっ! すぐに出立します」
「任せたぞ」
セスタが音もなく立ち去る。
この2人ならば、問題なく任務をこなせるだろう。俺はその間に、人間共の侵攻に対する準備をしなくちゃならない。
そう思っていたのだが、そうもいかなくなった。
「我が主、ご報告が」
「聞かせろ」
「人間共の侵攻計画が、中止になったそうです」
「は?」
話を聞くと、以下の通りだった。
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統一帝国のとある役場。日本にある様な役場とは違い、木造で作られた巨大な屋敷の様なものなのだが今日も統一帝国を支える数々の貴族が、この屋敷で仕事をしていた。
しかし、今日はいつにも増して騒がしい。怒号が飛び交うと言った方が正しいのかもしれない。
その中の会議室、そこでは現在進行形で会議をしながら、各々の仕事をしているという、異常事態が発生していた。
「セッケ議長! こちらの資料の確認をお願いします!」
「内容は!」
「【ノト村】の今季の収穫量についての資料です!」
「そんな物はネベルに回せ!」
「ボーベル殿が逃げ出しました!」
「ガガーラに連れ戻させろ!」
まさに阿鼻叫喚という言葉が相応しい空間になっている。
「クソッタレ! これでは“帰らずの森”の1件が進められないではないか!」
「全くですな! 今回の計画にどれだけ金をかけていたのか! それが全く別の1件で中止ですと!?」
「それだけでは無い! タダでさえ問題は山積みなのだ! 【ヤマト】の残党に、北方で流行りだした疫病、【イルダーム】の暗殺教団、ガンガード! 【グレイタウン】の1件! さらにはこの間の突如として現れた2本の樹! そして今回の新興宗教による反乱! これ以上の問題が重なれば、統一帝国の維持は不可能になるぞ!」
「グラディバル将軍がこの間ガンガードに暗殺されたお陰で、【ミルボー】の守りは薄くなっている! いつ部力で押さえ込んでいた奴らが暴れ出すか分からんぞ!」
「特に【ヤマト】の残党です! 奴らは確実に反乱を起こすでしょう!」
様々な情報が飛び交うこの建物では、当然かなりのレベルの情報統制と、外部に情報が漏れるのを避けるための警備兵だって配属されている。
しかし、この役場の中で、最も警備の厚いこの会議室で、堂々と盗み聞きをする猫が影に潜んでいた。
(やれやれ、頭の悪い人間共め、自らの国の管理すらできんのか間抜けめ)
言うまでもなく、シャドウキャットである。
「しかしどうしますか? やはり“帰らずの森”の調査は中止ですかね?」
「当たり前だろうが! 今の我々にそんな余裕は無い! 考えてから物を言え! そもそもの話、皇帝陛下が無闇矢鱈に出来損ないの子を作るからこんな事になるのだ!」
「セッケ議長、それ以上はまずいですよ」
「知るか!? そもそも目の前の問題で手一杯だというのに、新たな問題を自分から作りに行く奴が無能でなければなんだというのだ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすセッケに、異議を唱える者は居ない。それこそがセッケの言葉を正しいと、肯定している証拠なのだが、それでもセッケの愚痴は止まる事を知らない。
「しかも【グレイタウン】の1件は、あのイカレ科学者の実験の可能性もあるというではないか! 身内にも問題を起こす奴が居るなど……これでは収集がつかんではないか!」
「まぁまぁ、そこまでにしておけよ?」
突如として新たな声が聞こえる。
「貴様! ユーゴ! また来たのか!? ここに入れるのは原則貴族のみ! 貴様が来ていい場所ではないぞ!」
(!!! ほう、この男がユーゴ・アリアケか、随分と若いな)
男は黒髪黒目の青年で、清潔そうな白衣を着ていた。その瞳は気だるげに閉じかけており、酒瓶を片手に、そこに立っていた。
「とりあえず差し入れでお酒は持ってきたから、仕事が終わったら飲んでよ」
「今日中に終わるかも分からんがな! それよりもユーゴ! 貴様に聞きたい事がある」
「はいはい、何かな?」
「【グレイタウン】の1件は貴様の仕業か!?」
「えっと、【グレイタウン】……あぁ! 【マード】か!」
「そんな名前の街は滅びたわ! それで、どうなのだ? 関与しているのか、していないのか! ハッキリ答えよ!」
「してないしてない」
ユーゴは苦い笑いを浮かべながら、顔の前でひらひらと手を振る。
「あれに関しては僕も原因を探ってるところでね、【グレイタウン】の残存魔力を測定したんだけど、今まで観測した事もない魔力でね、皇帝とか、他の研究者にも聞いてみたんだけどね? どうも死の国が関係してる可能性が出てきたんだよねぇ」
話を聞いていた貴族達が一瞬顔をこわばらせる。それも仕方がないだろう。死の国といえば、誰でも知っている死後の魂達が迷い着く場所だと、子供の頃に親から教わる。『言うこと聞かないと死の国に連れいく』というのは、子供をしつけるための親の脅し文句として使われている程だ。
しかしそれはお伽噺、少なくともこの場にいる者達はそう思っていたし、それが世界の共通見解だった。
「馬鹿な事を……死の国だと!? そんな物は骨董無形な戯言よ! もし本当にあると言うならば、3つの神器でも持ってくる事だ!」
「う〜ん、確か黒い灰と、3つ首の魔犬と、蘇生の霊薬だっけ? ちなみにそれも捜索中だよ」
それを聞いたセッケは、笑い転げた。
「ハッハハハハハハッ! 夢見る餓鬼か貴様は! そんな物は存在せん! それは歴史が証明してきるではないか!」
「頭が硬いなぁ〜まぁこっちも見つかれば御の字ぐらいの感覚で探してるし、見つからなくても特に計画に支障はないし、問題無いんだけどね」
「……まさかとは思うが、その骨董無形な戯言に国費を使ってはいないだろうな?」
その言葉に、この場にいる全員がハッとする。
「使ってるよ」
「貴様正気か!?」
それはセッケの、魂からの絶叫だった。タダでさえ減っている国費が、そんなくだらない世迷いごとに使われているとは、誰も思わなかったのだ。
「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ。これでも成果は上げてるんだから」
「成果? 成果だと!? そんな玩具探しの成果など無いに等しいわ!? 貴様本当に何を考えている!」
「そうですぞユーゴ殿! これは由々しき問題です!」
「陛下も何をお考えなのか!」
ガヤガヤと、セッケに同調する声が、ユーゴを責め立てる。
「皇帝は、快く金を出してくれたよ。人類の進歩のためなら安いもんだってさ」
カラカラと笑いながら告げるユーゴに、我慢の限界が来たのか、貴族達はいきり立つ。
「貴様! 先程から陛下を皇帝などと呼びおって! 陛下と呼ばぬか狂人め!」
「……さっきからうるせぇなぁ」
ここでユーゴの雰囲気が一変する。急激な変化に怯んだのか、貴族達が硬直する。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃと、文句しか言えねぇのかてめぇらは、そんな事は餓鬼でもできんだよ。国の維持に関わる貴族ならちゃんとしろや、無理なら家に帰ってからママのおっぱいでも吸ってな」
そこで1人の貴族が、唐突な罵倒に声を荒げようとする。しかしそれは、叶う事なく散る。
ドパン! という音が響いた後に、カランという軽い金属の落下する音が響く。
その場の誰もが知る事ではないが、それは地球において、拳銃と呼ばれて恐れられている物だった。怒鳴ろうとした貴族が、フワリと宙に浮き、数瞬の後、床に落ちる。額には小さな穴が空いており、焦点の合わない空虚な瞳は、彼が既に絶命した事を示していた。
「僕に逆らうなよ? これは皇帝からの命令でもあるんだ。お前ら如きが意見できる事じゃないんだよ」
にこやかに告げるその瞳は、欠片も笑っていなかった。否、嗤ってはいた。
「それから、そこで盗み聞きしてる奴」
再度発砲音。
その弾丸は、影に溶け込み、隠れていたはずのシャドウキャットの眉間を完璧に撃ち抜いていた。
「盗み聞きは良くない。そう習わなかったのかい?」
身体を維持できず、魔力となって霧散する。
ついにユーゴが出てきました。