桜の退屈で平凡な日々 ①
前から書きたかったやつ。
「でさぁ〜」
「まじぃ?」
「超うけんだけど!」
うるさい。
「今日マック行かね?」
「おっけー」
「昨日行ったじゃねぇか……」
うるさい。
「というか新作今日ゲームの発売日じゃん!」
「やっべぇ完全に忘れてた! マックとか行ってる場合じゃねぇわ!」
「おいおいマジかよ! 俺今月金ねぇぞ!」
「お前はバイトしてねぇからな。ドンマイ」
「凹むわぁ」
うるさい!
周囲の騒音に耐えられなくなってたまらず教室を出る。次の授業が始まるまでは時間があるのだから多分大丈夫だろう。出ると言ってもほんの数分だけなのだから。
いつの間にか、私は屋上にいた。私達の通っている学校は屋上が昼休みの間だけ解放されており、チラホラと人がいた。喧騒を避けるために教室を出たのだが、これではあまり意味が無いではないか。
まぁでも教室よりはずっと静かだ。風にも当たれて熱くなった思考を冷ますのにはちょうどいいかもしれない。
本を読んでいる女子が1人、お昼ご飯を食べながら友達と数人で会話している女子4人、ケータイを弄っている男子が1人、キャッチボールをしている男子が2人、それなりに多いが全て意識から外す。
空を見上げると、まるで青いペンキをそのまま零したかのような爽快な青空が広がっている。
(今の私とは正反対だな……)
しかし空に向かって空気を読めなんて言えるはずもなく、フェンスに寄りかかってスマホを弄る。
しかし、そんな私に話しかけてくる凛と響く声、
「あれ? 桜? 屋上にいるだなんて珍しいね」
「……結花」
天野結花、私の通う高校の中でもかなりの有名人であり、そして学校では一番仲がいい友達である。
N結花は、私と違ってとても社交的で、誰とでも仲良くなる事ができる。言ってしまえばコミュ力オバケである。そんな結花と仲良くなった切っ掛けは単純に席が隣だっただけ。後は流れでずっと仲のいい友達でいてくれるいい子だ。
文庫本を手に持っている事から、本を読んでいたのは結花だったんだろうな。唯一の友達の顔も分からなくなるなんて……やっぱりかなり駄目になっている。
暇さえあれば、特に会話が得意な訳じゃない私と一緒に喋ってくれる私には持ったんいないレベルのいい友達。
でも今日だけは話しかけないで欲しかった……
「もしかしてお兄さんの事……?」
当たりである。こういう察しの良さが、持ち前の美貌と合わさって入学当初から何度も告白される原因なんだと思う。
結花には、3ヵ月前に急死したお兄ちゃんの事を話している。仲も良かったし、実際にお兄ちゃんと会ったことがある結花には、少なくとも伝えておこうと思ったのだ。後はお兄ちゃんの事を知っているのは先生達ぐらいなものだろう。だから結花はこの学校の生徒の中では唯一お兄ちゃんの事を知っている存在だ。
だからこそ話しかけないで欲しかったのに……
「大丈夫?」
「大丈夫ではないかな……やっぱり」
「……そうだよね」
そこで会話が途切れる。
お兄ちゃんの死から3ヵ月、私は、半ば周囲に押されるような形で日常に戻っていた。お兄ちゃんが死んじゃってからすぐは、遺品の整理とか、お葬式とかで色々とバタバタしていたが、それらが終わってからも私の心は沈んだままだった。簡単にいえば、私はお兄ちゃんの死を受け入れられなかった。
とても急だった事もそうだし、あの優しいお兄ちゃんが死んでしまったのを、もう会う事ができないという事実に、しばらく塞ぎ込む事になった。
叔父さんも流石に何か言ってくる事はなかった。私はそれをいい事に、1ヶ月も学校を休んだ。当然結花からは心配されたし、何故かあまり接点のない清峰君からも心配された。結花にお兄ちゃんが死んだ事を話したのはこの時だった。結花は、わざわざ私の家にまで来て一緒に泣いてくれた。どうしてお葬式に呼んでくれなかったのか聞かれたが、そこは家族葬だったからと説明したら納得してくれた。
でも、いつまでもそんな生活を続けているわけにもいかず、結花や叔父さんに説得されてまた学校に通い始めた。先生達もあまり詳しい説明はしなかったのか、少し質問攻めにされたが、結花が助け舟を出してくれたおかげで何とか乗り切った。でもその時になんだかそれ程接点があった訳では無い清峰君が一番心配してくれたのが印象的だった。
そんな生活を続けていく内に、私はお兄ちゃんが死んでしまう前の日常に戻った。いや、放り込まれたと言った方が近いと思う。周囲は何事も無かったかのように日常を展開し、私を包もうとする。でもまるで私だけがズレた場所にいるかのような疎外感を感じていた。そしてそれは今も続いていて、時折いたたまれなくなってこうして教室を出るのだ。
「ねぇ桜? 辛かったら相談してね?」
「ありがとう……」
会話は続かない。お互いこんな状況で出せる会話もなく、ただただ黙ったまま時が過ぎるのを待っていた。
「結花〜ハゲ先が結花の事探してたよ〜」
「分かった! ごめんね桜、また後で」
「うん」
高本克巳先生は、私と結花のクラスの担任で、国語の先生だ。28歳らしいけど、頭皮が年齢と比べて異常に薄い事からさっきの様にハゲ先なんて呼ばれ方をしている。
最近克巳先生は結花と何かを話しているが、その内容は教えてくれない。特に気になっている訳では無いから別にいいんだけどね。
また一人になり、今度こそ誰も話しかけて来ないまま、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。
「ほらお前ら〜さっさと教室に戻れ〜」
まるで鉄のように重い動きで腰を上げ、誰よりも遅く屋上から出る。早く準備しないと怒られるかな。
でも今日の私はこのまま授業を受ける気なんて全く起きず……
結局早退した。あの後体調が悪いと先生に伝えてそのまま保健室へ、そこで体調が悪いと伝えると一応熱を測るように言われる。
熱はないだろうけど、体調不良で誤魔化そう。普段なら絶対に思いつかないような考えが浮かび、それ以外を考えなくなる。しかし、熱を測った結果、私は38.6分の熱が出ている事が分かり、私の事情を色々と知っている保健室の先生はストレス性のものだろうと判断し、保健室で叔父さんが来るまで寝かせてくれた。もう休めるんだったらなんでもいいや。
その後は、迎えに来た叔父さんの車に乗ってそのまま病院へ、そこで薬を貰って帰った。
でも叔父さんは明日からしばらくは出張で家にいられないらしい。まぁ私も大事をとってしばらくの間は学校を休むつもりだったから特に問題は無い。
その日は結花とLINEでやり取りをして眠った。
気が付くと私はおかしな場所にいた。真っ白な部屋で、そこにいるちょこんと椅子に座って微笑む一人の子供。
「やぁこんにちは! お姉さんとお話しようか!」
「え? あれ、ここは……」
「あぁここ? ここは夢の中だよ。ちょっと干渉させてもらったけど大丈夫! 目が覚めたらあんまり記憶には残らない様になってるからねぇ」
夢の中でこれが夢だと断言される。その異質さに思わず身を硬くするが、目の前の少女は笑顔を崩さない。
「じゃあとりあえず用事を済ませちゃおうか、とりあえず、はいこれ」
「これは……?」
渡されたのは晴天の空を閉じ込めたかのような明るい色を放ち、輝く青い宝石をあしらったペンダントだった。でも私にはそのペンダントに見覚えがあった。
「このペンダントってお母さんが持ってた……」
「おっ! 覚えてたんだねぇ。まぁそれを再現したものだけどね、それを着けてれば世界の意思から見つかることは無いよ。だからなるべく肌身離さず着けておいてくれたまえ」
「……」
お母さんは確かこのペンダントは、お父さんが最初に買ってくれた大事なプレゼントだと言っていたっけ、いつも大事そうに箱に入れてしまっていたのを覚えている。
まさか夢でそんな物を渡される事になるとは思いもしなかったけど、お母さんもお父さんもあまり物を遺さずに死んでいってしまった。だからこのペンダントは、そんなお母さんとの形ある繋がりのように思え、胸元に抱き寄せる。
これが目を覚ましたら終わってしまう夢である事は分かっている。だからこそもう少し、もう少しだけ、お母さんとの数少ない思い出に浸らせて欲しい。
「これで彼との約束は大抵果たせたかな。後は君次第だよ! 私もサポートはするけど、あくまでサポートだけだからね。これは君の人生なんだから、全て君が選択しなくちゃ駄目なんだよ?」
「……分かった」
「ならばよし! それじゃあ頑張ってね! 私は時折君の事を見ているから、お兄さんのためにも悪い事はしない事! お姉さんとの約束だぞ!」
少女の姿が光の塵になって消えていく。それと同時に私の意識が浮上していく。
だから私は、最後の意識をかき集めて質問する。
「待って! あなたは一体誰なの!? 何でお母さんとお兄ちゃんの事を知ってるの!」
これは所詮夢の話、でも私は尋ねずにはいられなかった。
すると少女は困ったような顔をしながらも答えてくれた。
「う〜ん今説明するには時間が足りないかな。また今度詳しく説明するよ。でもこれだけは言える、私は君の味方だ」
不思議と嘘を言っているようには見えなかった。
あぁそうか、ならそれでいい、それなら私は安心できる。
見ててね不思議な女の子、私頑張るから。
もう数話続きます。そんなに長くは書かないけどね。




