地獄の予兆 3
リッチ(金持ち)要素が少ないなぁ。
その日、とある貴族の館ではどんちゃん騒ぎの宴会が行われていた。
その中心には右の頬に傷のある中年の男だった。
「ガハハハハ! いやぁこれは美味い酒ですなロートス様!」
「全くですな! これほどの酒は飲んだことがない! いやはや一体どこの酒ですかな?」
「あぁこの酒か? これはな、この間の統一戦争で落としたエレウシスという国の酒でな! そこで神に捧げる酒だったそうだがまぁ勿体なかったのでな! 俺が貰ってやったのよ!」
「おぉ流石ですな! いやはや確かにこの酒は美味い! 神などという妄想の産物にやるなど勿体ないことです!」
「まさにその通り!」
……こいつら馬鹿か? 神の存在は妄想などではない。それはシアの記憶で知っている。
だからこの会話が神の怒りを買わないかとヒヤヒヤしながら聞いている。もしもこれで神罰があるならもうそれは自業自得だろう。
しかし俺はリーリアを助けるためにここに来たのだ。だからリーリアの居場所を知らなければならない。
この屋敷の所有者である貴族のロートスが妹を拐ったことはハッキリとしている。
……確かあの時は土砂降りの雨の日だった。俺は配達としての仕事を終えて帰ったところだった。そこで見たのは頭から血を流しぐったりとする妹とそれを担ぎ上げる数人の男達。
一瞬で頭が沸騰するような怒りに駆られ男の1人を殴り倒したが他の男達に袋叩きにされてなす術もなくリーリアを連れ去られた。
その時に見た最後の光景は男達に指示を出す右の頬に傷を持つ男だった。
目が覚めると荒らされた部屋と僅かに床に残った妹のものであろう血。
それから俺は復讐を誓った。
それが3年前の出来事。それ以来俺は右の頬に傷のある男を探し続けてようやくロートスを知ったのだ。
そして今日、俺はついにロートスの喉元まで迫っている。今すぐ殺してやりたい衝動に駆られるがリーリアを助けるために必死で抑え込む。
俺は既にロートスの少し離れてはいるが真後ろまで来ている。霧になっているから誰も気づくことは無いがその代わりに俺の怒りを抑えるのがとても大変だった。
「おぉそうだロートス様! この間またいい女を仕入れましたぞ!」
「ほぉ? 興味深いでは無いか」
「そう言うだろうと思いまして既に隣の部屋に待機させております。初物ですのでぜひお楽しみください!」
「おぉそうか! では早速味わってくるとしよう!」
あぁこいつらは俺を苛立たせる天才だな。本当に殺したくなる。
それをぐっと堪えて部屋を出るロートスの後ろから着いて行く。そして1人になったのならばそこで行動を起こす。
そしてロートスは隣の部屋の扉を開けると当然ギンにもその部屋の様子が見える。
そこには一切の服を着ておらず両手両足を鎖で拘束された美少女がベッドに力無く横たわっていた。
「おぉ! 素晴らしい!」
やっぱりこいつはこの世界に全く必要のない蛆虫だな。しかもわざわざ俺が苛つく行動をしやがる。
我慢の限界を超えたので行動に移す。こういう時に支配の魔眼を受け継いでたらもっと楽だったんだけどなぁ。まぁないものはしょうがない。
霧化を解除してそのムカつく顔を全力で殴りつける。
「がはっ!? くっ誰だ貴様!」
今の声に反応してドタドタと誰かが集まってくるのを感じる。俺は吸血鬼になってから感覚も強化されているらしく、かなり便利である。
まぁそれはさておきこいつはどうしてやろうか。いや、リーリアのことを聞き出すのが先だな。
「ロートス、リーリアはどこだ?」
「 リーリアだと? そんな女は知らん! それよりも貴様! 何をしているのか分かっているのか!? 俺はこの街で2番目に偉いミール公爵家の当主! ロートス・ミール様だぞ! 分かったなら首を出せ! 殺してやる!」
「リーリアはどこだ?」
「しつこいぞ! そんな女は知らんと言ったはずだ!」
「そんな訳ねぇだろうが!」
顔面を勢いよく蹴り上げる。あまりの威力にロートスの身体は垂直に上へと吹き飛んでいく。
そして天井を突き破り1つ上の階へと強制的に移動させられる。
それを霧になって追う。
するとそこには頭から血を流すロートスがいた。フラフラとした足取りだがそれでもゆっくりと立ち上がる。
ギロリと俺を睨むと腰に下げた剣を抜き放つ。
「リーリアはどこだって聞いてんだよクソ野郎!」
無意識のうちに魔力で強化された拳をロートスに叩きつける。ロートスは剣で防ごうとしたらしいが俺の拳にぶつかった瞬間剣が中心から真っ二つに折れる。
ロートスはその結果に目を見開きそしてギンの拳が顔に突き刺さる。
「ゴベェ!?」
壁に叩きつけられ見るも無残な顔へと帰られたロートスにはもう既に戦意はなかった。そして叩きつけられた衝撃で壁に穴が開き、そこに吸い込まれるように落ちていく。
ロートスは自らの死を悟り目をつぶる。しかしいつまで待っても予想していた衝撃は来ない。恐る恐る目を開くと目の前には空を飛び自分の足を掴む襲撃者の姿があった。
「リーリアはどこだ?」
ロートスは自分がいつの間にか怪物の尾を踏みつけていたことにようやく気がついた。まぁもう遅いのだが。
「あ、許して……」
自分の口から情けない命乞いが出てくることにロートスはこれ以上ない屈辱と憤怒、そして絶望と恥辱を味わっていた。
しかしギンはその命乞いを聞いて既に限界に達していた怒りがさらに上昇する感覚を覚えた。こいつはついさっきまで少女を強姦しようとしていたのだ。あまりの虫の良さに殺意が湧き上がるが歯を食いしばり我慢する。
「リーリアはどこだ? 答えなければ……殺す」
「ひぃ! あ、あの一体誰のことを……」
「っぁ、お前が3年前に拐った俺の妹だよ!」
「ギベェ!?」
思わず地面に叩きつける。手足がおかしな方向に曲がっていてとても痛そうに見える。
「あああああああああぁぁぁ!?!?」
真夜中の街にロートスの絶叫が響く。その叫びはどこまでも響き渡る。その声に驚いて数人の住人が家から飛び出してくる。当然屋敷の兵士達も飛び出してくる。
「いたぞ!」
「ご無事ですか!」
「ロートス様をお助けしろ!」
あっという間に屋敷から出てきた兵士達に囲まれて槍を突きつけられた。全員からピリピリとした殺意が伝わってくる。
兵士としてはこれが正しいのだろう。しかし今はとても苛立っている。こいつらを殺すことに躊躇いはない。
「退けよお前ら!」
「退くのは貴様だ!」
「子供だからといって容赦せんぞ!」
「……いいんだな?」
「は?」
「何言ってやがる!」
「妙な真似はするなよ!」
「殺してもいいんだな!?」
1人の兵士の首が宙を舞う。その兵士が最後に見たのは首のない自分の身体だった。
「なっ!?」
「こいつやりやがった!」
それを見て集まっていた野次馬達が蜘蛛の子を散らすよう悲鳴をあげてこの場を逃げ出す。
これを合図に壮絶な戦闘が幕を開ける。
次回ギンの戦闘回!
明日もこの時間に投稿します!