セイレーンの歌
「まぁこんな所かしら?」
「あ……あ……」
「痛てぇ……痛てぇよぉ」
“帰らずの森“の境界、そこには1人の少女による凄惨な地獄が広がっていた。ほとんどの人間が腕や足が無くなっており血を吹き出し転がっていた。
そしてそうでは無い人間はシアのそばで剣や槍を構えて待機している。彼らは支配の魔眼によって彼女の支配下に置かれた調査隊の兵士達である。
……弱すぎじゃないかしら? この程度の実力なら1階層の魔物の群れでもなんとかなるわよ?
魔力もかなり低いし……本当にこの“帰らずの森“を開拓する気があったのかしら? それとも“帰らずの森“を舐めてるのかしら?
“帰らずの森“がそう呼ばれるのはあまりの高密度な魔力によって魔法発動に必要な魔力が通常の5倍にまで跳ね上がり、なおかつ背の高い木が多いから昼でもほとんどの日差しが差し込まないためある程度入り込むと脱出が困難になることから付けられた名前だったはずだ。
だと言うのにこの程度の実力で森に立ち入ろうだなんて……舐めてるのかしら? お父様の森を? だとすれば人間達にはそれなりに犠牲を出してもらわないとね。
まぁ人間達は誰も殺してはいないしお父様へのお土産としてはちょうどいいかもしれないわね。でもそうね……私が支配した人間達は無傷だから流石にこのまま返したら色々と疑われそうね。
じゃあある程度外傷を作りましょうか。
支配した数人の人間達の腕などの身体の1部を素手で切り落とす。
「じゃあしばらく見つからないようにどこかで待機していなさい。3日経ったら街に帰っていいわ。森の中で獣の群れに襲われましたって報告するのよ? あぁもしも森に入ったら殺すわ」
「「「「はい分かりました」」」」
ぞろぞろと調査隊の兵士達がどこかへと消えていく。
じゃあついでだしこの人間達をお父様の元へ連れていきましょう。
「ただいま帰ったわお父様!」
「おかえりシア」
おっと嬉しさのあまり抱きついてしまったわ。しっかりと抑えないと。
「いきなり抱きついたら危ないだろう?」
「ごめんなさい、でも嬉しくって……」
「まぁいいや。それよりも今日はどうしたの? 特にその人間達」
「お父様、まだ試してないスキルがたくさんあるでしょう? だから実験体にどうかと思って」
「あぁそう言えば実験体を用意して欲しいってお願いしてたっけ? 助かるよ。ありがとう」
自分の口からすんなりと人間を道具としか見てないという証明の言葉がまるで日常会話のように出てくる。
時間が経つにつれてどんどんと自分の中から人間だった頃の残滓が抜け落ちていく。
しかし正直それは気にならない。ここまで度々報告を聞いて思った。人間が馬鹿すぎる。
だから俺みたいなのが異世界から連れてこられないとどうしょうもない程の状況になるんだよ。
いい人間はちゃんと扱って駄目な人間は殺す。でもいい人間だろうと俺の第2の生を邪魔するようなら遠慮はしない。
ここら辺は前世と似通っている所がある。誰だって嫌いな人間と付き合っていたくはないだろう。
俺だってそうだ。嫌いな人間は関わりたくもない。
「じゃあ99階層に牢屋を作っておくからそこに入れといて?」
「分かったわお父様。ついでだから私が外に出ている間に作った子に挨拶したいのだけど……どこにいるのかしら?」
「99階層に1人、だから牢屋に入れるついでに会っておきなよ」
「そうするわね。ありがとう」
「どういたしまして、じゃあ俺は17階層に用事があるから」
「は~い、行ってらっしゃい」
娘に送り出されて俺は17階層へと転移した。
「おーい、いるかー」
「いるわよ」
ザバリと水落を立ててセイレーンが顔を出す。そして近くの岩に身体を預けているその様はとても絵になるものだった。
「やぁセイレーン、今日も頼めるかな?」
「お易い御用よ」
そう言うとセイレーンは岩の上に器用に座りそして歌い出した。その歌は聞けば万人を惹きつけるであろう魔性の歌声。何度聴いてもとても心が落ち着く。
セイレーンの歌声は魔力を含んでおり他者の精神に直接語りかけるもの。俺はそれを精神的な疲労の回復と仕事の休息に使っていた。セイレーンも1人で歌うのも好きだけど誰かに聞いてもらえるならその方がいいと言っていたからお互いのここ最近の楽しみになっている。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
まぁ今日は他にも用事があるんだけど……まぁ終わってからでいいか。セイレーンもこんなに楽しそうに歌ってるんだからわざわざそれを遮る必要なんてないだろう。
あぁそれにしてもやっぱりセイレーンの歌は落ち着くなぁ。
そして数分後に歌い終わるといつの間にか周囲には大量の魚達が集まっていた。この階層の水はかなり濃い魔力を含んでいる。だから普通の魚が生息することはできない。だから実験的に魔力を少し薄めた場所を作ってそこに魚を放ち徐々に魔力濃度を変えてこの湖で生活できるようにするということをやっていた。その結果として全体の2割ほどの魚は本来の湖でも生活できるようになったが残りは数分本来の湖にいると死んでしまう。
しかし今、この湖には全ての魚達が集結していた。セイレーンは歌っている間かなりの魔力を放出している。そのためかなりの数の魚が今回も死んでしまったのだがそれでも魚達は集まるのを辞めることは無い。
彼らにとっては自分の命よりもセイレーンの歌をもっと近くで聞きたいという欲求が勝るのだろう。
まさに魔性の歌声という名前が相応しい。
「今日も凄かったよ」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわ」
まぁそろそろいいタイミングだろう。
「ねぇセイレーン」
「なぁに?」
「君に名前を付けようと思うんだけどどうかな?」
「本当!? 私にも名前を付けてくれるの!?」
「あぁもちろん、いつも世話になってるしこんな嘘はつかないよ」
「あぁ嬉しい! ついに私にも名前が貰えるのね!」
とても嬉しそうにしているのを見るとこっちまで嬉しくなる。彼女はいい意味でとても無邪気なのだ。
そして彼女の名前は割とすぐに思いついた。その名前が浮かんだ途端こうピンときたのだ。これ以外の名前はないとはっきり言える。
「君の名前はね、『レヴィア』だよ」
「『レヴィア』! 素敵な名前ね! ありがとう!」
そう言うと彼女はまた歌い始めた。自らの喜びを歌にして表現するかのように、その歌声はいつもよりウキウキとした雰囲気を醸し出していた。
これは彼女にしては珍しいアンコールだった。
普段彼女は1度しか歌わない。なんでも俺には最高の状態の歌しか聞いて欲しくないらしく、2回目以降を歌うことは今まで無かった。
俺はその歌に聞き惚れてしばらく動くことができなかったのであった。その歌は確実にさっきよりもよかったと言えるものだった。
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