さくらの日
三月二十七日に投稿予定だったもの。3×9は二十七だからとのことで。
「桜、開花したらしいですね」
「うちの地域はまだでしょ、多分、もう少し先。咲いたら行こうか」
「はい。お弁当作って」
陽菜がそう言った。
二人きりの家。
少し寂しい。けど、みんながそれぞれの道を選んだ結果だ。
次、また会えるかもわからないのに、でもそれでも、別れを選ぶ時は、選ぶ。選ばなきゃいけない。
その陽だまりが心地良くても、いずれ飛び立たなければいけなくなる。別れを強いられる。
「陽菜、おいで」
「おかしいですね。欲しがってるのは相馬君です」
「まあまあ」
「しょうがないですね」
ぎゅっと抱きしめてくれる。本当、確かに。立場が逆だ。
「……お邪魔しました」
「ちょっと待て莉々! いつからいた」
「んー。そうちゃんがセンチメンタルなモノローグを心の中で唱えていた辺りから」
「声かけてよ……」
いつの間にか窓際で寝そべりながらノートパソコンをカタカタと弄っている君島さんがいた。
「お花見ね~。それよりも莉々としては杉を端から叩き切って欲しいところだね~。あっ、あんたは花粉症じゃなかったね。死ねばいいのに」
「眠いだろ絶対。乃安の布団が残ってるはずだから寝てって良いぞ?」
「お言葉に甘える」
素直だ。君島さんも、寂しいのかもしれない。
乃安ロスの影響は結構大きい。
旅行鞄を担いで腕を横に伸ばし、親指を立てて改札の向こうに消えて行く乃安の姿は今でも目に浮かぶ。
あの明るい後輩の優しく茶目っ気のある言葉が欲しい。うぐっ……。
「相馬君、結構乃安さんの事、好きだったのですね。焼いてしまいますよ」
「漢字違うよね!?」
「大丈夫です。どんな時も私は一緒です」
「……ありがとう」
「多分ツッコミを入れるべき場面です」
文字通り捕らえるならそうだけどね。
「桜、咲かないかな」
「どうしてですか?」
「別れの実感、消えないかなって」
自分でも意外だと思う。別れが、こんなに辛いなんて。思わなかった。
「でも、今のうちに慣れておこう、とも思うんだ」
「慣れてはいけません」
「なんで?」
「別れに、慣れてはいけません。あなたが、ちゃんと人だからです。人のままで、いてください。臆病で、利己的で、どうしようもない。それでも、あなたが人である限り、ちゃんと自分を大切にできるのです」
不思議な話だと思った。けど、確かにそうだとも思った。
「そうだね。別れは大事にしなきゃね」
「はい。その人と過ごした時間を、大事にできる。大事にしていた。その証拠ですから」
昔の雅な人は散る桜に思いを馳せていたらしい。
咲いているうちから楽しめば良いのにと思っていた。今でもそう思っている。けど、今はわかる気がする。今僕は、咲く前の桜に思いを馳せているのだから。
ちょっと違うのかな?
四月になった。大学のガイダンスが終わった。
「桜、咲いたね」
「はい。見事に満開です」
「なんか、寂しいね」
「はい」
夏樹たちがいなくなった時も寂しかった。でも今は、その時よりも、ずっと寂しい。
「陽菜だけがいれば良い、なんて思ってたこともあったのに、なんでかな」
「それが人と出会うということですから」
桜の舞う公園。少し強い風が吹いた。また桜が舞った。
「せーんぱいっ」
後ろから抱きしめられる。ふわりと香る匂いは優しかった。
「の、乃安さん!?」
「乃安、何して……」
「えへへ、弟子にしてくれた店、追い出されてしまいまして。店を畳むそうです」
「は、はぁ」
何をしたんだこの後輩。
「次の店を見つけるまでまたお世話になります。あっ、そうそう。さっき帰りの新幹線で夏樹先輩と入鹿先輩に会いまして。先輩方にも連絡行くと思いますよ」
「そ、そうか」
せっかく人が別れの余韻から脱却しようとしている時に。
この様子なら多分、京介も帰ってくるだろうな。
「あー、おかえり」
「はい。ただいまです。先輩」