猫の日短編。
「今だ! 乃安」
「了解にゃ!」
飛び出してきた乃安に気を取られた陽菜。しかし、甘い。
最速で陽菜の後ろに回り込む。足音を立てず、獲物を狙う肉食獣が如く。
既に陽菜の手で乃安は無力化、されてはいない。陽菜の方がどちらかと言えば強い、わけではない。乃安の癖を読み切ってることで地力の差をどうにかしているだけという方が正しい。
しかし、この二人よりは僕の方が強い。
だから、陽菜をどうこうするのは簡単だ。故に、今日という日、陽菜にはこれをつけてもらおうではないか。さあ。
「はい、陽菜」
頭にそれを付けて距離を取る。乃安もどうにか振り切り離れる。その頭には、今陽菜に着けたものと同じもの。
「去年のハロウィンの再来。猫耳陽菜。語尾ももちろん、わかってる?」
「そうにゃ、陽菜先輩」
「……相馬君、前期日程前なのに吹っ切れ過ぎじゃありませんかにゃ?」
今日は猫の日である。
「グッジョブ。相馬くん」
夏樹は親指を立てて大きくうなずいた。
夏樹が家にやって来た目的は単純に、間もなく国公立前期日程の試験に挑む僕の最終調整に付き合ってもらうためだ。
「私はよくサディスト扱いされますが、相馬君も人の事言えないかと」
昨日、猫の日であると気づいた僕は密かに乃安に作戦を伝えた。
陽菜に猫耳を付けよう作戦。
「はぁ、素直に言ってくだされば付けますのに」
「それじゃあ面白くない。なぁ?」
「はい、その通りです。陽菜先輩が無理矢理付けさせられ羞恥に悶える姿、それこそ、カメラに映して最高に映えるという物」
「……」
陽菜の言いたいことは何となくわかる。
『私の立場上、命令されれば付けざるおえません』と。まぁ、確かに。けれど、命令という言葉をなるべく使いたくないのが僕である。
それは、僕が自分の将来を。陽菜に付き合ってもらう目標を目指すうえで、人の意思を捻じ曲げるようなことはしたくない。そんな、甘ったれた考えを抱いてから、その思いは強くなった。
「まぁ、先輩方がお気楽すぎるのは、否めませんね」
僕らが解く過去問を覗き込みながら乃安はぼやく。
流石の陽菜も、大学の本試験となれば自分も勉強せざるおえないらしい。が、大逆転合格を狙わなきゃいけないようなヘマを僕らはセンター試験で犯してない。
「桐野君も来るんだよね」
「はい。まもなくかと」
そんな話をしていれば、家の前にバイクが停まる音がした。
「よっ。邪魔するぜ」
「遅かったな」
「あぁ、赤本買ってきた」
「……? お前、三日後だぞ、本番」
「あぁ。大丈夫だ。ちゃんと願書は出した」
「そういう問題、なのか……」
まぁ、多分、大丈夫なの、だろう。
ちなみにだが、この三年間、京介が理科系の科目で間違えているところを見たことが無い。
四人でもくもくと問題を解いていれば、乃安がお昼ご飯を出してくれた。
「カツ丼ですよ、カツ丼。安直ですけど」
「ありがてぇ。ありがてぇ」
「桐野君、そんなに拝んでどうしたの?」
「あぁ、バイクが寒さで故障して、その修理代出したら、今月もやしと塩ご飯になっちまって。ちゃんと飯食うの久々だ」
「……弁当、持ってくか?」
「いや、大丈夫だ。明日仕送り追加で届く」
「いやーそれにしても、二人ともよく似合ってるねぇ」
「あまり見ないでください」
「恥ずかしくても外さないなんて、彼氏冥利に尽きるねー」
「お前、なかなか鬼畜だな」
結構痛い視線が刺さる。
まぁでも、こんな風に遊んでられる時期も、残り少ないんだ。と自分に言い訳して、そして。
「似合ってると思うよ、二人とも」
「あら? 先輩が自分から褒めるなんて、珍しいですね」
「そうかな?」
「はい。私もそう思います」
称賛は、ちゃんと本人に伝えた方が良い。そう思ったから言っただけなんだけど。
「良い事だと思うぜ、言わなきゃ伝わらねぇし。何も言わなきゃ、誰も見てない、別に良いと思われてない、なんて誤解されて、もうしなくなるかもしれない。失いたくなきゃ、ちゃんと行動に起こせ、反応を示せ、って話だ」
「含蓄があるね」
「父親の受け売りだ」
お椀も空になって、下げられる。お腹も膨れて、眠くもなるけど、少しでも、一%でも、合格への可能性をあげておきたい。
「さっ、ラストスパートだ」
「相馬君。本番は試験会場にてです。ラストスパートは試験中に発揮してください」
「はい」