二年秋。ハロウィン。
扉を開けた時、僕は目の前の光景にすぐさま扉を閉めて、もう一度開けて、そして閉めた。
「うっ、うぅ。先輩、そんな、見なかったことにしようみたいな反応は勘弁してください」
猫耳を付けた乃安。いつもからかうような雰囲気で、悪戯っぽい笑みを浮かべている後輩は、頬を赤く染めてもじもじしていた。
「乃安ならノリノリでやりそうなものだが」
「人にするのは良いですし、人に強要した後、自分もやるのは好きです。でも、自分一人だけでやるのは、勘弁してもらいたいです」
「つまり、陽菜は何もコスプレていないと」
「はい」
嘆かわしい。事件である。
これは、僕が一肌脱がねばなるまいて。
「というわけなんだが、陽菜。何かしてもらえないか?」
「猫耳事件で学んだ私は、もう迂闊な事はしませんよ」
「去年の事、まだ覚えていたのか」
「猫耳事件ですか?」
首を傾げる乃安の肩に手を置いて黙って頷いておく。賢い彼女ならそれだけで察してくれるだろう。
「悲しい事件なのですね」
「いや、非常に面白かったぞ」
「相馬君!?」
「陽菜のにゃ……」
「お願いします。そこまでにしてください。相馬君の希望のコスプレ何でもしますから!」
僕としては、家出から帰ったばかりの人間として、あまり大それた要求はし辛いが、陽菜本人が言うなら仕方あるまいて。
よし。それじゃあ。
「……何にしようか」
「考えてから発言しましょうよ、相馬先輩」
乃安の苦笑い。猫耳はご健在である。流石に慣れたのか、もういつも通りな感じである。
……先輩? 年下……そうだ!
「よし、決めた」
「はい」
「後輩……お兄ちゃん……」
「えっ、先輩、それは……」
ヤバい、直前で迷ってしまう。
くっ、どうしたものか。いや、ここは。
「妹のコスプレだ。陽菜」
「えっ……」
陽菜が珍しく困った顔をしていた。
夏樹に呼ばれていた時は、なかなか精神的にきつかったから、陽菜で中和することにしよう。去年の冬の事だったな。
「妹、いたらいいなって思った時期があったな」
「お兄ちゃん」
「へ?}
「お兄ちゃん、どうしたのですか? 顔赤いですよ」
陽菜が、身を寄せて来る、いや、もはや密着させてくる。
「ちょ、ちょっと待て?」
「どうしたのですか? 具合悪いのですか? お兄ちゃん」
うぐ、ヤバい、上目遣いが心臓にダイレクトに効いている。
「待て、陽菜。やっぱりいい」
「えっ? 何でですか? お兄ちゃん」
「心臓が持たない」
「わかっていますよ。相馬君。乃安さん、猫耳取って良いですよ。やはり我が家のハロウィンはカボチャを食べて終わりですね」
地味だが、やはり僕らには、落ち着いた日々が丁度良い。




