左利きの日特別編 後輩はマイノリティ
これは八月十三日のものを再投稿したものです。
「先輩、私こっちに座りますね」
乃安とデートする時、気づいたことがある。
彼女はカウンターに座る時や大勢で会食する時、絶対に左端に座るのだ。その事を乃安に訊ねたことがある。
「左利きは、気を使うことが多いのですよ」
ウィンクと共にそう答えられて納得がしたのと同時に、乃安が左利きであることに驚いた。あまり気にしていなかったからだ。
本人は話したがらないが、乃安はお嬢様だったはず。もうそんな厳しい時代ではないのだろうか。それを本人に聞くのは気が引けるけど。
ちなみに陽菜は右利き。僕は父さんに無理矢理どっちも使えるようにさせられた。片方潰されても問題なくこなせるようにしとけと。
「莉々も左ですよ」
知ってる。
「それがきっかけでしたと言いたいところですが、そうですね。今回は私と莉々の出会いのお話でもしましょうか」
ティーカップから湯気が立つ。焼きたてのクッキーの香り。
陽菜はまだ帰ってこない。二人きりのお茶会が始まった。
入学式の日、私は友達なんて作るつもりは更々ありませんでした。あはは、私らしいという顔してますね。そうなんですよ、私結構冷たいですよ、興味無い人には。
メイド向きじゃないね? えぇ、そうですね。その点、相馬先輩には最初から興味津々でしたよ。誰だー、私の姉をタブらかしたのわーって感じで。
さて、莉々は私の後ろの席です。隣の席の人は誰かと喋りに行き、私は窓の外を眺めてました。と思ったら、莉々は私の目の前に立ちました。
「あなた、私と同じ匂いがする」
それが最初の一言でした。
彼女は最初から、私の薄情さを見抜いていた。それと対極にある執着心も。
それから、私達は授業で二人組を組むことになると一緒になるようになりました。
どうですか? 短くてどうでも良いような、どこにでもあるような出会いの物語です。
でも、確かに、私たちは、莉々の最初に放った一言で笑い合えたのです。運命とか、欠片も信じた事はありませんけど、私たちは会うべくして会ったのだろうなと。
乃安は、カップを半回転させて一口飲む。
「我ながら、良い味です。クッキーも」
そして、一息吐いた。
「先輩、酷いと思いませんか?」
「何が?」
「スープ用のお玉とか、あんなの右手で使えと言っているようなものじゃないですか! 注ぎ口が。あと、体育で学校に用意されているグローブ。ありえませんよ、左に填めるものしか無いのですよ! 全員右で投げろと言っているのですよ! あと、改札も、わざわざ右に定期券持ち替えなきゃいけないの、わりとストレスです。それに、席も左端じゃないと私が気を使わなきゃいけなくなるのです。だってマイノリティですから。マイノリティですから!」
「お、落ち着け」
「あっ、すいません」
乃安は誤魔化すようにクッキーを一口で食べた。
「相馬先輩は心配いりませんね」
「何が?」
「私が隣の時、先輩は左を使ってくれますもん。莉々と一緒にいる時も、そうしていたのですよね」
「……別に」
僕はそっぽ向いた。乃安はそういうところがある。僕を褒めるために、一見関係の無い話から、こうして持ってくるのだ。
気がつけば、乃安に会話のペースを握られてしまう。この後輩は、本当に、独占欲が強い。
「さぁて、先輩。次は莉々とイチャイチャしてくるので、あっ、でもちゃんと帰って来ますから、寂しがらないでくださいね」
「はいはい」
好きになっちまったから、仕方ないよな。