メイドと台風一過。
風がうるさい。雨もうるさい。
窓を開けて外を眺めたい衝動に駆られるけど、それはよろしくない。閉め切った家、一か所窓を開ければ、そこに一気に風が流れ込む。それはつまり、秩序ある部屋の崩壊を意味する。
「と、思いながら窓を開けようとする相馬君は、何を考えているのですか?」
「なんだ、見ていたのか」
「はい」
気がつけば、部屋の入口に佇む、パジャマに着替えた陽菜。その後ろには乃安もいた。
乃安は今日は一か所に全員いた方が良いと、こっちに泊めることにした。午前中は総出で乃安のアパートの部屋の窓ガラスを補強して、ベランダの物干し竿を引っ込めと、そこそこ忙しい時間を、と言いたいところだが、まあそこは、陽菜と乃安だ、僕はすぐに手持無沙汰だ。
「まぁ、見てみたじゃん。台風の空って」
外は風がこれでもかと吹いている。今にも、屋根を持っていきそうなくらいに。
「人は好奇心と理性を争わせて生きる生き物だから」
「それっぽい事言わず、どうか窓から手を離していただけると助かるのですが」
「それもそうだな。真上にあるのかな、台風」
「暴風域には入ってませんよ」
「なんだ。まあ、毎年そうか」
毎年、来る来る言われて、逸れていく。今回もそのパターン。来ないに越したことは無いが、気を張った上でのこの脱力感は、なんか慣れない。
「それでも、すごいもんだ」
一番ヤバイところは、今どうなっているのだろう。
朝になれば、わかることだけど。
「相馬君、一応、いつでも避難できるようにしておいてくださいとお伝えに来たのですが、なんか、私も気が抜けてしまいました」
「だね」
「先輩方、午前中は散々心配して、私にこっちに泊るように言いつけていたのに……」
「乃安に何かあったら嫌だからな。可愛い後輩」
「そうですね。可愛い妹兼後輩ですからね」
「むっ、先輩方、誤魔化されませんよ」
その日は三人で川の字になって寝た。目が覚めたら陽菜が乃安に捕まり、僕は陽菜に捕まっていた。
青空が突き抜けている。雲一つない。
町はいつも通りだ。
少し冷えるな。そう思いながら、ウィンドブレーカーを羽織って駅まで歩く。
すぐにその後ろ姿が見えた。一本にまとめた髪が風に揺れる。
「乃安」
「はい!」
「そんな驚くなよ」
「あぁ、いえ。気づかれるとは思っていなかったので」
旅行鞄を車に乗せようとしている乃安は、トランクを閉じて、気まずそうに笑う。
「お別れは苦手なので、それとなく手紙を置いてから行こうと思っていたのですが」
「まぁ、またすぐ帰ってくるでしょ」
「あはは、先輩の中での私の評価を、一度じっくり話し合いたいところです」
退職金として、給料にかなりの色を付けた金額を渡されて帰ってくるだろうなと思っている。
「いってらっしゃい。お別れじゃねぇよ。ここが君の帰って来れる場所、だろ」
「そうですね。はい」
そして、僕は差し出す。
「ほら、妹に姉から、だとよ」
「お弁当、ですか?」
「たまには私の作る味も思い出して欲しい、だって」
「……忘れた事なんてありませんよ」
「だろうな。まぁなんだ、乃安なら大丈夫だ」
「……はい!」
飛び切りの笑顔を見せて、そして、吹っ切れたように車に乗り込んで、そして僕より上手な運転で、朝の住宅街を駆け抜ける。
「良かったの?」
「私の見立てでは一月後に、クビになりましたって帰って来ますよ」
「そうかい」
少し楽し気な雰囲気を纏う陽菜は、僕を見て少しだけ不思議そうな顔をした。
「何?」
「相馬君が今何を考えいているのか、一瞬わからなくなったので」
「常にわかられる方が怖いよ」
「ですね」
珍しく、何も考えていなかった、が正解だ。
常に何かしらぐるぐる回っている僕の頭の、束の間の休憩時間だ。
「じゃあ、朝ご飯」
「ですね。乃安さんも、食べてから行けばよかったのに」
「次はしっかり引き留めるか」
「はい」




