日暮相馬はバイクに乗りたい。
「……うぅむ」
「どうかされましたか? 相馬君」
それは、大学二年の夏休み、メイド派出所でのバイトを終え、夕飯を頂き、帰って来た時の事だ。
「バイク、バイクかぁ」
「バイク、ですか?」
「あぁ。陽菜、バイクってどう思う?」
「自転車の上位互換、と言うには少し違いますね。車もありますし、ほいほい買うには難しいものがありますね。自分の身体一つで車と同等のスピードを味わうのも難点です。そうですね、おすすめできません。車と比べれば交通弱者ですし」
「あぁ、まぁ、迫害されるとはよく聞く」
「それに、免許も取らなければなりません。幸い、普通免許持ってるので、実技講習だけで済みますが」
「そうだっけ?」
「はい」
「へぇ」
バイクなぁ。
正直、車の運転は苦手だが、バイクならいけそうな気がする。
四輪より二輪の方が操作は簡単な気がするのだ。甘く見ていると言われそうだが。後、転んだら痛いだろう。けどまぁ、事故のリスクを抱えているのは同じだ。
となると、問題は予算だ。
「なぁ、陽菜……いや、何でもない」
「何でも言ってください。相馬君の言葉は一言一句、呼吸の音一つまですべて聞きたいです」
「いや、そこまで大げさじゃないのだが」
というか、何だろう、わりと凄い事を言っているような雰囲気を感じるな。
「バイク、安くても大体三十万くらいか。維持費を考えると面倒だな」
「ですね」
「オートバイくらいにしておくのもありか。好みじゃないが」
「相馬君がバイクを欲しがる理由が見えないのですが」
「あぁ、そうだな。まぁ、簡単に言えば、車より気軽かなって。一台あれば、僕が一人で移動する時は、陽菜のために車を残しておけるし」
「確かに、合理的ではありますね」
「まぁでも、当面の目標は貯金だし。良いかな」
カタログを机に放り投げ、立ち上がる。
「もうお休みですか?」
「うん」
「なら、私もそろそろ」
階段を上がる。陽菜は部屋までついてきた。
「……暑くない?」
「掛け布団をかけない相馬君。風邪ひきそうなので。私と掛け布団、選んでください」
「陽菜で」
「即答ですね」
「匂いは陽菜の方が良い」
「凄い理由ですね」
「まぁな」
そんな訳で、陽菜を抱きしめて眠った。
派出所にて。
「なんだ、バイクに興味あるのか」
結城さんはポンと自分のバイクを叩いた。
ライダースーツをばっちりと着込み、髪をまとめ、なんかやたらとカッコいい。
「授業までまだ時間あるな。乗ってみるか?」
「いや、免許無いので」
「別に良いだろ、こんな山の中だぜ。お前なら乗れるだろ」
「えっ、えぇ……」
謎に信頼されても困る。
「お前は身長が足りないからやめとけ」
陽菜がじーっと見てるのに気づいた結城さんはすかさずそう言う。
「むっ……むぅ」
言い返そうとしても、事実は事実。何も言えないまま、陽菜はしゅんと肩を落とした。
「さて、乗るか?」
「……うーん」
「まぁ、いきなり乗れと言うほど、あたしも鬼じゃない。後ろ、乗りな」
「そ、それなら」
「むっ、相馬君!」
陽菜の言葉は耳に届かない。
僕は思った、バイクって、男のロマンだと。
「よし。行くぞ」
「はい!」
お腹にしがみつく。陽菜は何も言えないまま呆然としている。
エンジンがかかり、走り出す。
「飛ばすぜ!」
「……えっ?」
景色が物凄い勢いで後ろに流れていく。京介の後ろに乗った時より速い……ん? それおかしくね、だって京介の後ろに乗った時は高速道路だぞ。
「ひゃっほー!」
「ちょっ、結城さん!」
坂道なのにスピードを緩める気配を見せない。
一気に下っていく。
カーブでバイクが傾き地面が近づく。心臓が縮み上がる。
そして直線、結城さんはさらにスピードを上げる。走り屋か何かか、この人。
「うわぁぁあぁぁぁ!」
「うぉぉぉぉぉお!」
泣きそうになった。
そして坂を下り切って、コンビニで休憩。
「死ぬかと思いました」
「なんだよ、うちに攻め込んできたときもバイクの二人乗りだったろ。何を今更」
「いや、あの、普通に絶叫マシン乗ってる気分になりました」
「へっ、なんだ、意外と根性無いな」
「勇気と蛮勇は違いますから」
「それはそうだ。じゃっ、帰るか」
「僕は歩いて戻るので」
「そんな悠長なこと言ってると遅刻するぞ」
摘まみ上げられ、後ろに乗せられる。片手で。
「行くぞ」
そして、勢いよく、坂を登って行くのだった。僕は半泣きで。
「相馬君、どうでしたか?」
「バイクは、もう少し考えるよ」
「はぁ」
車並みの速度のGや風を、生身で受けるって、やはり自分で操作するのは勇気がいるな。




