猫の日の元メイド。
「あっ、猫です」
陽菜は立ち止まりしゃがんで舌を鳴らして手を出した。僕は三歩ほど下がった。
「どうしたのですか? 先輩」
「んー。僕は動物と相性が悪いからね」
「? と、言いますと」
「どうにも嫌われるんだよねぇ」
乃安は苦笑いで答える。
「陽菜先輩は、なんか愛されますよねぇ、動物に」
「ん、なんかわかるよ、人の好さが隠しきれてないし」
「それは先輩のおかげでは? 少なくとも、派出所を出るまでは、私とか、結城先輩とか、東雲先輩以外には、クールで厳しめの先輩という印象でしたし」
「どうだろ、厳しいは優しいとは必ずしも対義ではないと思うけど」
「そうですね。確かに」
一つ頷いた。どこか実感のこもった頷きなのは、気のせいではないと思う。
「相馬君。この子素直で良い子ですよ」
「あぁ」
そう呼び掛けられて一歩近づくと、猫は陽菜の手から逃れ、トテトテと走って行ってしまう。
「んー。無理かぁ」
少しだけしょげた僕の背中をポンポンと叩くのは年下の女の子である事は、情けない気分になる理由には十分である。
大学の夏休みは暇だ。
自分でやる事を自分で見つけなければならない。
乃安が帰って来て、少しだけ賑わいを取り戻した我が家。家にずっといるのもあれだからと、三人で散歩するのは、誰が言い出した習慣だっただろうか。
乃安は、どこか大人びた雰囲気を纏うようになった気がする。今まで見ていた少女のような、年相応の表情が少なくなって、ちょっとだけ寂しく感じる。
だから、陽菜が猫を見て構いに行ったのが、何だか嬉しかった。
そっか、乃安はもう、社会の荒波にもまれてるのか。
そう考えると、大学に行かずにさっさと旅に出た方が良いのではと考えてしまう。
いや、間違えてはいないはずだ。
知識とと考える習慣が深くなるのは良い事だが、何となく、実戦の日々でも同じものが得られるのでは、何て。
「んー」
「相馬君。そんなに落ち込まなくても、そうだ、猫耳、つけましょうか? 私」
「頼む」
「先輩、躊躇いが無くなりましたね、そこら辺。実は私がいない間に物凄く甘えてそうです」
「間違ってない」
「認めちゃうのですか……まぁ、良いんじゃないですか? 相馬先輩みたいな人は、ケアできる人がいた方がよさそうですし。私にとっての莉々ですね」
そう言って乃安は僕の頭に手を伸ばした。
「なんで撫でられてんだ?」
「何となくです」
どこか胸に詰まってものが抜け落ちて、スッとしたのは否定しきれない。
「相馬君。私は別に、浮気をしようと欠片でも私に気持ちが残っていれば、怒りませんが、複雑な気分になるのは覚えておいて欲しいです」
「そこは素直に怒りますよと言った方が良いですよ、陽菜先輩」
「なら、私の心をざわつかせてほしくないです」
陽菜と猫耳は相性がいい。そんな事を思い出しながらどこか心を躍らせながら、足取り軽く、家へ足を向けた。
こういう、どうでも良い日常のワンシーンが大好きなのです。
ちなみに今日は世界猫の日。理由ははっきりしてないそうです。二月二十二日は語呂合わせではっきりしているのですけどねぇ。




