メイドとタピオカ。
夏。三年生になって始まった放課後受験対策講座、という名の七時限目、八時限目の授業を終え、律儀に待っていてくれた乃安と君島さんと合流して、電車を待つ。
「少しぶらつきませんか?」
という陽菜の提案で、夏樹も交え、五人で駅に隣接するビルを冷かしに行くことにした。
「あれ、珍しく空いてる」
夏樹の視線の先、なんかお洒落な雰囲気を感じる。
「……タピオカ、ですか」
それは巷を賑わせるカロリーモンスターを売るお店だった。
五分後、それぞれの手にお洒落な今時ドリンクがあった。
ミルクティーというイメージが強かったが、色々あった。葡萄ソーダとか、いちごミルクとか、抹茶とか。何でもありじゃねぇか、ここまで来ると。
早速一口飲んでみる。通常より太めのストローに流れ込んでくるミルクティーと共に、固形物か勢いよく飛び込んできた。
「……ナタデココの方が好みだな。思ったよりモチモチしてる」
「喉越しが大事らしいよ、これ。……カエルの卵みたい」
そんな事を呟きながら、君島さんもしげしげと興味深げに観察しながら飲んでいた。
「そうだ、布良先輩。チャレンジしてよ」
「? 何を?」
「タピオカチャレンジ」
ヒョイと軽い調子で爆弾を投げる君島さんだった。
「タピオカチャレンジ、ですか?」
食いついたのは陽菜だった。
「あっ、朝野先輩は……」
君島さんは気まずそうに目を逸らす。乃安はニヤニヤと静観している、その様子から、どういった物かは知っているらしい。
「何すれば良いの? 莉々ちゃん」
意外だ、夏樹も知らないのか。
「チャレンジと言われますと、気になりますね。莉々さん、何をすれば良いのでしょうか?」
「莉々と、陽菜先輩には、厳しいですねぇ……」
「乃安ちゃん、さらっと巻き込まないでよ。無理だけどさ!」
「まぁ、私も少し難しいですね。この中なら可能なのは夏樹先輩だけですね」
「聞き捨てなりませんね。乃安さん、私が挑戦して成し遂げられなかったこと、今までありますか?」
「私が知る限りありませんけど、今回ばかりは知恵と努力でどうにかなるものではありませんから」
ピクッと陽菜の眉が動く。少し怒ったな。
「良いでしょう。内容を教えてください。見せてあげましょう。私の意地というものを。朝野陽菜の真の力を」
陽菜の今までにないほどの本気モード。
君島さんと乃安は顔を見合わせる。頷き合う。言葉がなくとも、二人の意見が一致したのはわかった。
「じゃあ、夏樹先輩。そのドリンクを胸に乗せて飲んでみてください」
「? こう?」
ひょいと乗せて、そのままドリンクを吸い上げる。当たり前のように、あっさりと。
「……すげぇな」
「まぁ、たまに便利」
すぐに下ろすが、なかなか衝撃的な光景だった。
「……なるほど」
勢いよく残りのドリンクを、むせることなく吸い上げ、その容器をなぜかポケットから取り出したスーパーのビニールに入れる。
「理解しました。明日まで待っていてください。二度と私を胸部で煽れなくして見せます。夏樹さん、少しよろしいですか。明日まで用意して欲しいものがあるのです」
さて。
「陽菜、どうするつもりなの?」
「そうですね……相馬君、その憐れみを秘めた視線、どうにかなりませんか?」
すとんと視線を下ろすと、珍しくため息を吐かれる。
「そうですか、相馬君まで……私はそれでもあなたを愛しています」
「この場面で言われてもなぁ」
陽菜の頭に手を伸ばす。相変わらずサラサラの髪。久々にこうして触った気がする。
乃安はもう帰ったから二人きり。すでに夜も深い。欠伸がこぼれた。
「もう寝ますか?」
「そうする」
「おやすみなさいませ」
陽菜はまだやることがあるらしい。自分の部屋にはいってそのままベッドに潜り込んだ。
次の日。教室について早々、陽菜は夏樹から紙袋を受けとると教室を出ていった。
「なるべく人が来ないうちに見せますね』とのことだ。
「何を渡したんだ?」
「秘密。まあ、陽菜ちゃんなら良いかなぁ……」
微妙な表情を見せられる。絵に描いたような苦笑いだ。
「おーすっ。何してんだ、そんな集まって」
「陽菜待ち」
朝練が無いのか、いつもより早く、野球部の鞄を背負って京介は入ってきた。
「お待たせしました。夏樹さん、私は素直にあなたが羨ましくなりましたよ。計算自体はしていましたが、はい」
「……は?」
思わずそんな声がこぼれた。乃安も君島さんも愕然としている。
昨日タピオカが入っていた容器には水が入っている。
それは、陽菜の胸の上に乗っていた。
「なるほど、これが持つものの気分ですか……」
「虚乳って奴ですか」
「君島さん、漢字ちがくね……」
「この場合はあってる。日暮相馬。お前の彼女、どうした?」
「どうしたと言われてもな……」
大体納得した。夏樹から借りたのだろう。そして、詰め物やらなんやら色々して、すげぇなおい。
「えっ、触って良い? 陽菜ちゃん」
「だめです」
「まぁ、中身が中身だしな」
「中身言わないでください。それよりも、どうです? できましたでしょ。持たざる者でも」
「あぁ」
謎の虚しさが僕を襲う。
ポンと肩に手を置かれる。京介だ。
顔を見合わせ黙って頷いた。
陽菜も僕らの様子に気づいたらしい。水を吸っていた顔を上げる。
「何か?」
「いや、まぁ、うん」
乗っていたカップを貰って残っていた分を吸い上げる。
「直しておいで」
「は、はぁ。はい。あっ、夏樹さん、洗って返しますね」
「い、良いよ。陽菜ちゃん。陽菜ちゃんは気にしなくて」
これはあれだ、居たたまれなくなったってやつだな。
「はぁ」
思わずため息を吐く。
陽菜が帰って来た。
「陽菜はそっちの方が安心するよ」
「納得できないです。なぜそんな微妙な顔しているのですか?」
無表情に少しだけむすっとした雰囲気を混ぜる。
「陽菜、その、あれだ。そのままの君でいてくれ」
「……相馬君がそう言うなら」
空になったカップを渡す。ぐしゃっと握りつぶされ、陽菜は珍しくゴミ箱に投げた。放物線を描き、綺麗に入った。




